「小説 雨と水玉(仮題)(1)」/美智子さんの近代 ”二年半後の再会とお便り”
(1)お便り
田中美智子様
あなたにこのような不躾なお手紙を出すことは本当に迷ったのですが、
先週本当に偶然に朝の曽根駅であなたにお会いしてその後、あることに気付きましてやはりきちっと失礼をお詫びしなければ済まなく、また私自身あなたにお伝えする気持ちを抑えかね、重ねての失礼を承知でお便りさせていただきました。
とは言っても、あなたにとってはご迷惑なのだとも思いました。もし、お耳汚しなら読まずに捨てていただいて構いません。
私はそうであってもあなたを悪く思うことはありません。
前置きが長くなりました。
まずお詫びしなければならないのは、二年半前あなたに大阪の梅田でお会いした時の非礼についてです。
そのことをお話しする前に先週お会いしてから気付きましたことをお話しさせてください。
先週10月13日金曜日の朝8時過ぎ、私が曽根駅におりましたのは、前の晩、曽根駅東側にある、あなたもご存じのO君の新居の社宅に泊めてもらっていて、その朝、出張先の阪大に行く途中だったからです。
他の理由はありません。
私は先週の朝お会いしたとき、あなたが私のことをストーカーと思われたのではないかと恐れ、お話しすることを遠慮しました。
豊中駅であなたが降りていったあと、私は二年半前のことを思い出していました。
二年半前のあの時私は、あなたに恋焦がれていました。そのため神経過敏症状の中にいて、
あなたのことが全く見えておらず、自分にはとてもあなたをこちらに振り向かせることなどとてもできまいと思い込みました。
そして、この二年半ただあなたの仕合せを祈っていました。
要は意気地がなかったのです。あなたに自分の気持ちを伝えることができなかった不甲斐ない男でした。申し訳ありません。
しかし、なぜかあの時あなたが着ていた水玉のワンピースが鮮烈過ぎて忘れられず、先週あなたが降りた豊中駅からしばらくの間、あの時のあなたの姿を思い浮かべていました。
石橋駅を降り、阪大へ向かう坂の途中、たまたま水玉の服装をした若い女学生が二人いました。
「雨でもないのに、あんた、なんで水玉着とるの?」
「あんたもやん、雨の日に着なさい、ほんまに。は、は、は、は、は、(笑)」
という会話が私の耳に飛び込んできました。
そのとき、私ははっとして気付きました。
あなたは二年半前に着ていた水玉模様に「雨」の意味を込めて来てくれたんですね。
あの日の一年前私が夢中でその楽しさをあなたに話した「雨に唄えば」のことを覚えてくれていたんですね。こんな嬉しいことはありません。
本当にありがとう。心から感謝します。
しかし、私は、あなたがそんなにあの時のことを大切に思ってくれているとは思いもせず、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。そのことに気付けなかった非礼を心からお詫びしなければなりません。
本当にごめんなさい。
私は、あなたと出逢ったときから、あなたのことをとても素敵なひとだと思い続け、それが変わることなく、今もそう思っています。
二年半前、神経過敏症状の私があなたのことを諦めてからも変わっていません。
こんなことを今さら言えた義理ではないということも考えました。
でも、水玉のワンピース姿のあなたが意図したことを知っておきながら、なにもせずにいることはあの時以上にいけないことなのだと思いました。
こんな気持ちも、二年半前とは異なる状況にあるあなたにとっては迷惑なことかもしれませんが、敢えて言わせてください。
あなたのことを今も好きです。もう意気地なしでいることなくあなたのことを大切にしたいと思っています。もし、可能なら私とお付き合いしてもらえませんか。
手紙でこんな大事なことを伝えるなんてあまりにも図々し過ぎるなら、もう一回、お会いして私の話を聞いてもらえませんでしょうか。その機会を貰えませんでしょうか。是非お願いします。
ここまで読んでくれてありがとう。
私はあなたを困らせてしまっているかもしれません。
困るなら、なにも手を煩わさなくて構いません。
そのまま、やり過ごしてください。
私は今月いっぱい、あなたからの連絡を待っています。お便りでもお電話でも構いません。お待ちしています。
でも、もし来月になってなにも無ければあなたのことは諦めます。二度とあなたに近寄ることはしませんので安心してください。
このような不躾なお便りを最後まで読んでくれて本当にありがとうございます。あなたの優しさに心より感謝します。
田中美智子さん、あなたの仕合せをいつもお祈りしています。
佐藤啓一
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