見出し画像

「小説 雨と水玉(仮題)(8)」/美智子さんの近代 ”はじめの一歩”

(8)はじめの一歩
啓一には美智子の思いはわからなかった。
昨春、二人で話したときは少し距離が縮まったように思ったが、話す機会をつかみ損ね続けて距離は依然遠かった。

次の昭和五十八年三月に催されたOB総会のイベントには美智子も来ていたが、世話役として諸先輩への対応でせわしなくやはり話をする機会を逸していた。
美智子のことを意識し過ぎていたのかもしれなかった。
ただ彼女は、準備でもイベントの中でもよく気を利かせて手伝ってくれていた。

そのことにねぎらいの言葉はかけないといけなかったが、
不器用な啓一はやっと
「いろいろとありがとう。」
と言えただけだった。

美智子の方も、昨冬の忘年会の出来事で自分の気持ちに気付いたことで意識してしまっていた。
イベントが終わった後、啓一と話ができなかったことを後悔していた。
「次はいつ会えるのかもわからないのに。」
春休みはいつになく気の晴れない日々を過ごして四年生の新学期を迎えようとしていたが、その年最近大学に入学したばかりの妹のたか子がうるさく美智子のプライベートに立ち入ってくるようになっていたのも気に障った。
良く晴れた気持ちの良い午後、たか子が明るい茶化すような高い声で、
「お姉ちゃん、彼氏からラブレターが来てるよ。
 はい、どうぞ。」
「何言ってるの、もう」
と言って受け取ると啓一からだった。
「あっち行ってなさい。」
と言って部屋に入ってはさみで丁寧に封書を開けた。

―――――――――――

田中美智子様

新学年の春、健やかにお過ごしでしょうか。
さて、先月のイベントでは大変お世話になりました。
おかげさまで皆さんにも喜んでもらい、
良い時間を過ごすことができて嬉しいイベントになりました。
これも田中さんの協力のおかげです。
本当にありがとうございました。
心より感謝いたします。

田中さんには学生最後の年なんだろうと思いますが、
ますます充実してお過ごしになるようにお祈りしています。
また、十分健康には気を付けてご自愛してお過ごしください。
それではまた。

                     佐藤啓一

―――――――――――

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?