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「小説 雨と水玉(仮題)(72)」/美智子さんの近代 ”あるカラオケの夜”

(72)あるカラオケの夜

衣装合わせあと、夕食を曽根の美智子の実家で食べると、お父さんにカラオケを誘われた。
「お父さん、啓一さんが疲れると困るから、毎週大変なんだからまたにして」
と美智子が言ったが、結婚してしまえば今ほど頻繁に来ることがなくなるのであり啓一には愉しみにしていることを断ることはできなかった。
「別に歌うたうくらいで疲れないよ、前から誘われててお酒を過ごさなければ大丈夫だから」と啓一が言い、
「お父さん、行きましょう、お願いします。お父さんの歌も聞きたいですし」
「ええのかい?啓一君、美智子に言われると僕は弱い、、、」
「大丈夫です、お願いします」
近所に行きつけがあるという父親についていき、少しあとから来ることになっていた母親と美智子が合流した。

お父さんと啓一が代わる代わる好きな歌を唄っていき、お父さんのお酒が進むので雰囲気が良くなっていった。
「啓一君、きみ、旨いから演歌も歌えるやろ、『浪花恋しぐれ』をお母さんとデュエットしてみてくれよ」
「ええ、大丈夫ですよ、お母さん、大丈夫ですか?」
「ええの、啓一さん、私、下手やけど。美智子の方がええんとちゃう?」
「そや、美智子、唄いなさい」
美智子はお父さんが酔っぱらってきたのが少し気になってきていて、
「わたしは、こういうのは唄いません」
と冷たく言うので、啓一が
「お母さん、唄いましょう!」
と言って引き取った。
啓一はもちろん上手に歌ったが、お母さんの可愛らしい唄声に意外にうたれて、寄り添うように気持ちよく唄った。両親ともなんとはなしに満足そうなので安心した(あとで聞くとお母さんはすごく嬉しかったということだった)。
美智子も父親に促されて皆の知っているアイドルの歌を唄ったり、最後には啓一とデュエットしたりして、家族四人で気持ちよく酔い、盛り上がった時間を過ごせた。
啓一はやはり誘いに乗って良かったと思った。美智子は式を終え7月に入れば実家を離れる。いつでも帰省できるとは言え、両親から見ればいままでのようには共に時間を過ごすことも出来なくなる。十分に愉しい時間を過ごさせてあげたかった。

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