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「小説 雨と水玉(仮題)(65)」/美智子さんの近代 ”疲れ”

(65)疲れ

十月から半年余りの間毎週二人で会い、ことを前に進めてきた。特に新年から春にかけて本当に忙しく動いてなんとか六月下旬の式までの段取りに目鼻が立ててきた。そして五月の連休で其れを詰めて仕上げる、そんな地点に漸くにして来ていた。
連休を次週に控えた今週末は東京の新居の家財を取り揃えるべく美智子が東京へ行くことになっていた。そして連休は大阪で式場の方と式までのスケジュール確定と式次第の確認の打ち合わせをするために啓一が大阪に来る。あとは流れに乗って六月下旬の式まで走り切るだけというところまで来ていた。体力的にはハードだが精神的には峠を越えたというある種の安堵が二人胸に宿って来ていた。

いつものように啓一から水曜日に電話を貰って話したとき、普段と比べ少し元気がなかったように感じた。美智子には何かが引っ掛って気になっていた。どうしようかと思ったけれど木曜に帰宅してすぐ十九時を少し回ったところでダイヤルを回してみた。
コールが十回近くになりやはりまだ残業をして帰っていない時間だと切ろうとしたところだった。
「もしもし、、、佐藤です、、、」
「啓一さん?、美智子です」
「ああ、美智子さん」
「どうしたの?なんや声が変な感じするけど」
「あの、ちょっと熱が出て、寝てるところ。今朝会社行ったんだけど、調子悪くなって健康管理室で見てもらったら病院に行きなさいって言われて、、、病院で薬もらって寝てるところ、、、」
「それは大変やない、何度くらい熱あるの?」
「疲れが出たのかもしれへん、九度五分くらいかな」
「ええーっ!、それ大変やわ、わたし明日東京行く」
「いや、風邪が移ったらまずいから、ゴホン、ゴホ、、
医者も二、三日薬飲んで寝てたらいいって言うてたから」
「そんなこと言うてる場合じゃない、わたし元気やから移ることないから明日行くから。食べ物とか飲み物はちゃんと取ってるの?」
「ポカリ飲んでる」
「それだけ?」
「うん」
「あかんわ、わたし明日朝こっちを出ていくから、ポカリは出来るだけ飲んで、薬もちゃんと飲んでてね」
「移るから来ない方がいいよ」
「そんなこと言うてる場合ではありません、もう啓一さん一人の身体じゃないのよ、わたしの言うことをきいてください!」
美智子がいつにない強い口調で言った。
「ごめん、わかった、待ってる」

わかったもらえたのはよかったけれど、
手早く夕食をとり急いで支度をしてバッグに詰め込み、上司に休みの連絡を取りとばたばたとすべきことを済ませた。
その夜はとにかく早く寝て朝早くの新幹線で行くことにした。

朝乗車前に新大阪でもう一度啓一に電話をしたところ、熱は少し下がり水分だけはとっているようなのでひとまず安心して新幹線に乗った。
啓一が寝込んでいる新居に着いたのは十時過ぎだった。寝室に行き、
「啓一さん!」
「ありがとう、、、」
美智子は、啓一のおでこを触ってみたがまだかなり熱があるようだった。体温計でもう一度検温させて、
「戻しては無い?お腹は下してる?」
「いや、してない」
「おかゆやったら食べれる?」
「うん」
「お米と梅干を買ってきたのでおかゆを作るから、待っててね」
「うん」
鍋を取り出し調理しながら、体温計を見にいくと8度5分だった。薬袋を確かめて、
「朝の薬は何時頃飲んだの?」
「うん、7時」
「おかゆは食べてからまた薬をのみましょ」
「うん」

お昼のおかゆを食べさせ薬を飲むのを確認して、美智子は夜の食事のための買い物に行ってくると言って出掛けた。
一時間ほどで返って来て、啓一が四月になって買っておいた冷蔵庫に買ってきた食材を仕舞って、もう一度枕元に来て、
「やっぱりこの半年の疲れが出たんやないかしら、
ずーっと毎週休みの日は大阪に来てもらって休む暇もない感じやったから。
とにかく今はゆっくり寝てください。なにかしてほしいこととかあれば隣の部屋にいるから呼んでね、
夕方には食事を作るから」
「うん、ありがとう」

数時間ぐっすり眠ったのだろうか、啓一は胸のあたりに汗の感触があった。美智子が気付いてそばに歩み寄って来て、
「起きたの?
ちょっと熱を測らしてもらうね」
脇の下の体温計を挟んでしばらくすると美智子がシャツに手を入れて体温計を取って見ていた。
「7度5分やわ、だいぶ下がってきた。よかったあ。汗をかいてるからそれが良かったのかもしれへん。
お腹は空いてきた?」
「うん、食べたい」
「卵雑炊を作ってるから、もう少し待ってね」

よく出汁の効いたつゆとネギと卵のシンプルな雑炊を少しづつ口にしていると、ほっとするような感じと風邪が治っていくような感じがした。
「美智子さん、
おいしいわ、ありがとう」
「よかったあ、食べれるだけ食べてね。これで薬飲んで寝ると治っていくと思う」
「うん」

食後に薬を飲んで啓一はまた寝た。
美智子はそのあと食事をして隣りの部屋に布団を引いて寝ることにした。自分まで風邪をひくといけないと思って、少し早かったけれど電気を消して寝ることにした。

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