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「小説 雨と水玉(仮題)(79)」/美智子さんの近代 ”結婚式 その一”

(79)結婚式 その一

その日は梅雨の最中で朝から雨模様だった。
披露宴は午後一時からでその前に結婚式が十一時半だった。さすがに花嫁の美智子は朝の八時にはⅩホテルに入って支度を始めなければならなかった。
一人でホテルに入ったが、八時過ぎには啓一が来て顔を見せてくれた。
「おはよう、八時に一緒に入ろうとしたんだけど、寝坊しちゃった。」
「ありがとう」
「よく眠れたかな?今日は長丁場だから」
「うん、わたし意外と能天気やから、よく眠れた」
「意外ではないかもしれへんけど(笑)」
「ふ、ふ、ふ、そうやった(笑)」
「でも、もうここまで来たんやから。じたばたしてもしゃあないし、あとは流れに乗って行こう。ぼくの方は支度にはまだ一時間以上あるから控室で時間つぶしてるわ、何かあったら呼んで下さい」
「うん。ゆっくりしてて。啓一さんも忙しかっったやろから休んでてね」
「うん、ありがとう。そしたらあとで」
「あっ!、啓一さん、今日、雨降ってるねえ」
「うん、梅雨だからまあしゃあないかな」
「う~うん、そういう意味とはちゃうの。来てくれる人には申し訳ないんやけど、わたしらの結婚式に相応しいような気がして」
「ああ、うん、確かにそうやった。
美智子さんはどこまでも優しいねえ。嬉しいよ、ありがとう」

結婚式はそのころからぼちぼち流行り出してきていた教会式でやることにしていた。神前式の場合、着物を着ることになり、披露宴でのお色直しでドレスをということになる。お色直しに時間がかかるのと費用もかなりということがあったので、割り切って合理的に白のウェディングドレスとお色直し後のドレスということにさせてもらうことで両家の両親にも理解してもらっていた。

十一時半前、啓一はホテルの担当係に促されて式の場所であるホテル内の教会へと向かい、中央一番前の指定の場所に立って、新婦の入場を待った。いよいよかと思いつつ比較的落ち着いて待っていると、後部の扉が開き、結婚行進曲が流れ始めた。まっすぐ前を向いているように係の人に言われていたので、美智子と彼女を導く父親の姿を見ることはできなかった。
父親から美智子を手渡され会釈を交わして、美智子を少しのあいだ見ることができたが、彼女は黙って少し潤いを帯びてきらきらとした目でこちらを見ていたのだが、啓一はその美しさにはっとした。

式はそのあとすぐに登場した神父さんにより粛々と進められていき、しばし写真撮影の時間ののち、親族の顔合わせへと移っていった。

親族の顔合わせも介添え役が取り進めてくれ、三十分弱で無事に終えた。
二人は披露宴までの時間を控室で待機することになった。短いがここで一週間ぶりに気兼ねなく話せる状況ができた。
啓一が、
「ご苦労様、緊張したでしょ?」
「う~うん、大丈夫。啓一さんにすべて任せてるから」
そう言って見つめる美智子に啓一はなぜか冗談の一つも言えなくて、しばし純白のウェディングドレス姿が眩しすぎるほどの美智子を見つめて返していた。

それはほんの短い時間だったのかもしれないが長く見つめ合っていたのかもしれなかった。
先ほどの式で垣間見たときはっと息が止まるように感じたが、今見つめ合っている美しい姿は、美智子の健康美が露出した肌から溢れ、その内面から横溢する柔らかく暖かななものと合流したものに違いない。
このときほど美智子を美しいと思ったことが無いと言えば噓になるかもしれない。思いが胸に留まり焦がれて切なく堪らなかった時、見るに彼女の美しさがあまりに眩しかったときはあった。
しかし、まともに顔や姿を合わせ続けて八カ月、こんなにも綺麗になって今ここに美智子がいる。純白の清楚そのもののウェディングドレスに包まれた二十四歳の美智子は女性の最も美しいときのトキをキラキラと目の前で輝かせていた。

それは美智子のまごころのあらわれなのだ、と啓一は胸の中でつぶやいた。

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