見出し画像

『宿命 安倍晋三、安倍晋太郎、岸信介を語る』(文芸春秋社)安倍洋子

『安倍晋三回顧録』を読んだこともあり、近刊されたこの『宿命 安倍晋三、安倍晋太郎、岸信介』も安倍晋三のの母であり、安倍晋太郎夫人そして岸信介の娘である安倍洋子からみた政治家三代という意味で一度読んでおく必要もあろうと思い、読んでみました。

昨年7月参院選の真っただ中で、ああいう形で元総理である息子を失った母の気持ちというものを思えば、痛切を越えて余りあるものがあります。

この本は、平成28(2016)年に文藝春秋に掲載されたインタビューと平成4(1992)年夫である安倍晋太郎が亡くなって一年のときにインタビューして出版されたものとを合わせて掲載されたものです。
したがって、昨年安倍晋三が暗殺されたあとのことは触れるべくも有りませんが、父親岸信介、夫安倍晋太郎、息子安倍晋三を女性として縦横に語る内容となっています。
読んでみての感じは、この人は真剣に真摯に自分の人生を生きた人だなということです。言葉の端々にその片鱗があふれ出ています。そして本当の意味で優しく強い人だという感じがします。
ですので、安倍晋三を無くした悲しみは我々でははかり知れないけれど、安倍洋子さんは悲しみの中にも九十歳の今をしっかりと地に足を付けて生きているのだろうという気がします。

私が最も胸に響いたエピソードは、たしか『岸信介回顧録』にも掲載されていたものだと思いますが、
第二次大戦参戦時の東条内閣の商工大臣であった岸信介が昭和十九年サイパン陥落時東条と意見が合わず東条内閣を結果的につぶすことになり、その後野に下り終戦を向かえます。
そして昭和二十年A級戦犯容疑で逮捕され収監されるとき、郷土の先輩に、
「二つなき命にかえて惜しけるは 千歳に朽ちぬなにこそはあれ」
という、死を選べ、という意味の吉田松陰の歌を贈られたとき、
岸は、
「名にかへてこのみいくさの正しさを 来世までも語り伝えん」
と返歌した、このエピソードです。

このエピソードには、胸の奥の奥の、さらに奥にある男の生きる根源みたいなものを感じます。

収監前の同時期に岸信介は、この本の著者、まだ独身の洋子に「夫唱婦随」と書いた色紙を書き残したというエピソードも付け加えられています。
わたしはこの一連のエピソードは涙なしに読めませんでした。

前述しましたように、これだけでなく、全編を通じて著者安倍洋子の生きざまが丁寧な言葉で活き活きと伝わってくる、やはり良書と言える本になっていると思います。
人生は一筋縄ではとても行くものではありません。あざなえる縄の如く複雑で重層的な、それでいて美しいなにものかがある、つくづくそう言う気がしてきます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?