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「小説 雨と水玉(仮題)(68)」/美智子さんの近代 ”素直なこころ”

(68)素直なこころ

T君、E君と別れて帰路についたのは、まだ午後2時過ぎだった。今晩は美智子の実家で夕飯を食べゆっくりすることにしていた。
まだ早いので御堂筋を少し散歩していくことにした。
「今日はT君、E君に会ってよかったよ。
誠実になるっていうことは、自分の心に素直にならないといかんということがわかった。
これからも美智子さんには素直な心で誠実でいたい、と思う。」
美智子の顔を覗き込みながら、もう一度、
「よろしくお願いします」と言うと
「あのね、啓一さんがさっきもそう言ったでしょ、
わたし、あのときね、同じように素直で誠実でいたいと思った。」
啓一は繋いでいる手を少し強く握り、昨年十月に万博公園で美智子に交際を申し込んだ時を思い返していた。

午後3時過ぎに心斎橋から地下鉄に乗り梅田に戻り、阪急電車に乗り換えた。
曽根の駅に着くと、駅前のダイエーに二人で行った。
「今晩のご飯の買い物をして帰ることになってるの、付き合ってね」
「うん」
美智子はメモを取り出して前後左右の食品へ目を向けながら買い物かごにそれらを次々と入れていった。
「今日は、鶏のから揚げなの?あれ、でも白身魚もあるし、違うかなあ?」
「さあ、なんでしょう?」
「唐揚げ粉があるから、唐揚げかなと思うけど、魚も揚げる?」
「いいところに目をつけて来るなあ。そう、揚げます」
「わかった、ナスとピーマンがあるし、鶏と魚を揚げたものを中華炒めにする、違う?」
「当たり!、よくわかったねえ、なんでわかるの?啓一さん、料理に詳しいの?」
「伊達に独り暮らししてないよ、
化学やさんでもあるしね、実験できる人は料理も才能あるんだよ。
中華出汁も勝ってるからそこが決め手だったね。
こういうのも素直になると良く見通せるね。は、は、は(笑)」
「でも、わたし、まだお母さんに料理を習ってる最中やから、あんまり期待しないでね」

5時過ぎには家に戻り、美智子はそそくさと夕飯の支度を始めた。
啓一はお風呂を先にしてゆっくりしててくれということだったので、入浴後美智子の部屋で少しウトウトしかけていたら、階下からお呼びがかかったのでハッとして食道に向かった。
両親と妹のたか子がすでに座っていて、テーブルには、鶏と白身魚の中華炒めが大皿で真ん中に、サラダと冷ややっこ、具だくさん味噌汁にお新香に御茶碗にご飯が並んでいた。
美智子が最後にビールを持ってきて座ったので、
「さあ、啓一君の快気祝いも兼ねて、乾杯や」とお父さんが言いだし、
「ありがとうございます。美味しそうでお腹が空いてきました」
それぞれのグラスにビールを注ぎあい、
「それじゃあ、乾杯!」

例によって、お父さんが楽しく話を続け、お母さんが合いの手で応じたり、たか子がちゃちゃをいれたりという会話が踊っていた。啓一はにこやかに応えながら、食事を味わっていた。
鶏と魚の揚げ物の中華炒めは、揚げに手間がかかり手際も求められるのによくやったなあ、と思って食べると、揚げ物がカリっとして香ばしく野菜も程よく炒まっているのと,中華あんかけの味がうまく出来ていた。
「美智子さん、これってオイスターソースを使ってる?」
「当たり!、またわかってしもた」
「いや、めちゃ美味しいよ、ビールに合うし」
「ほんまや、ビールに持ってこいの味や」とお父さんが言うと、
「おいしいでしょ、お母さんとよく相談して作ったから間違いないと思う」
「さすが、お母さんや」
「お父さん、ありがとう」とお母さん。
会話の巡りがこの家族を象徴していたが、たか子が
「なんや、わたしだけ、寂しいなあ、
二人づつ二組で仲良うして。
お姉ちゃん、わたしのおかげでこうやって仕合せになれたこと、よう覚えといてね」
「たか子ちゃん、わかってる、わたしはいつもあんたの味方。
これからもいつでもわたしを頼って頂戴」

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