➖おやすみ➖
「2050年某月某日。
今日も夜が更けようとしています。
まあ夜が更けてるのかも分からないというかどうでもいいんですけど。
あれからどれ位経つんだろう。
『あれ』っていうのは近頃売出し中の地下核シェルター単身パック『100年大丈夫』の事なんですけど、まあそんな名前はどうでもいいです。
これ、電気も水道も100年保証でしめて1000万円て代物。
僕は物心ついた頃から『絶対生き残る方法って何だろう』という事をよく考えてました。
色々考えました。
やっぱり地方の片田舎で自給自足だろうか、とか。
でも、どの考えもどこか途中で挫折するんです。
そこにTVのCMで颯爽と登場したのがこれ。
いや、実際核シェルターとかは何度も考えました。
考えましたが庶民の僕には縁の遠過ぎる物でした。
それが値段が張るとはいえ1000万ですよ。
非現実的な値段じゃありません。
昔のアメリカのTVドラマで、山奥の一軒家の地下室に籠もっている男の話がありましたがそんな物とこれを一緒にして欲しくないです。
何といってもこの地下核シェルターはあの地下鉄大江戸線光が丘駅のホームと同じ深さにあるのです。
僕は勿論それはそれは必死で働きました。
僕はそれまでのデパ地下のスイーツ専門店『the darkside of the sugar』の新宿高山屋支店を辞めビル警備の仕事を始めました。
朝9時から夜9時までの仮眠有りです。
ビル警備を始めた当初は『100年大丈夫』の事で頭がいっぱいで中々昼寝も出来なかったのですがちょうどその頃に地下核シェルターでの生活の構想がおおよそ決まりそれと同じくして溜まっていた疲労のせいもあり毎日ぐっすり仮眠出来るようになりました。
決まって見る夢は宇宙遊泳していて月に辿り着くと日本の旗の下で寝ている自分を見付け、自分が幽体離脱していた事に気付くというものでした。
そんな事はどうでもいいですね。
そうです。核シェルターでの生活の構想です。
まず洗濯について考えたんですけどこれは一生核シェルターで過ごすつもりなので裸でオーケーという事で一件落着。
次は掃除というか除菌に関してだったんですがこれは『100年大丈夫』をよく調べたら同じくして売出し中の『月の輪ぐま君』という空気中からアルコールを生成して完全除菌するエアコンがセットになっているという事でクリア。
風呂はユニットバス。
『100年大丈夫』
素晴らしい。
そしていよいよ食料です。
これも色々考えました。
土を持ち込んで最低限の穀物や野菜を育てようかとか。
でもこれはその為に必要な準備が出来るかという事。そして一度枯らしてしまったら最後というのもあって断念しました。
そこで気付いたのがサプリメントでした。
正直こういう物はあまり感心しないというところがあったんですが100年構想の為にはこの際贅沢は言えません。
最近のサプリメントは種類も豊富で賞味期限もなく持ってこいでした。
そう考えを切り換えると手間のかからないこの手段は中々イケてると思うようになりました。
ビタミンCに始まり炭水化物、アミノ酸に脂質。そうして辿り着いたのが『カロリーメイド』といういわゆる百貨店系サプリ。
どうやらこれは『サプリこれだけ』という謳い文句でその名の通りサプリだけで生活したい人の為につくられた物のようで1日3回1粒ずつで全ての栄養を満たせるという優れ物。
あとは計算です。
1瓶に366粒入っているので1年で3瓶。
100年で300瓶です。
1瓶千円なのでしめて30万円。
3ヶ月で買えます。
一通り算段が整いました。
貯めるべき金額はざっと1030万円。
一月10万貯めるとして8年と7ヶ月。
切り詰めに切り詰め今年の春─────とうとうその日が来ました。
かけるべきフリーダイヤルの番号は携帯に登録済み。
『ゼロイチニーゼロ・イヤヨ・イヤヨ』
登録名は『大丈夫』
発信ボタンを押す指は微かに震えていましたが3回深呼吸して、一気に押しました。
『はい。アフリカンダイレクト、担当の上松でございます。《100年大丈夫》のお申し込みですね?』
声も震えましたが同意の旨と名前、住所を伝えると何とも言えない達成感と恍惚とした気持ちに包まれました。
『これで俺は一生を掴んだんだ』
そう思いました。
後日、申込書の入った封筒が届きました。
数日後、規約や地下シェルターの住所などの契約内容の記述がなされた書類が送付されて来ました。
申し込みは至って簡単な物でした。
一通りの個人情報を書き込んで認め印を押すだけという物。
支払い方法は銀行振込みのみです。
振込み先はミズノ銀行です。
僕に割り当てられた地下シェルターは宮城県のとある村でした。
早速申込書に記入し郵送しました。
また、数日後『振込みが完了した時点で《100年大丈夫》の所有権利はあなたに譲渡されます』という旨の内容が書かれた書類が送付されてきました。
この『100年大丈夫』
100年とは工事着工や施工された日からなどではなく振込みが完了してからという物でした。
振り込めばもう僕の物なのです。
期待に胸を躍らせオンラインにて速攻で振込みました。
そう。もう僕の物なのです。
後日、所有権利の書類と鍵が送られてきました。
僕はサプリと所有権利を積んで車を走らせました。
これからの『我が家』に到着すると車をそこに捨てました。
もう要らないので。
そこには極めて簡素なエレベーターがありその入り口には扉がありました。
僕はサプリを積めた袋を担ぎ用意していた鍵を使い扉を開け地下深く潜りました。
その間これまでの8年と7ヶ月の事に思いを巡らせて。
エレベーターが再深部に着きそれを降りるとそこには映画で見たような大きなハンドルのような物が付いた銀行の金庫の扉みたいな物がありました。
安堵の気持ちと期待に胸を膨らませそれを開けました。
すると中に階段が姿を現しました。
僕は中に入ると几帳面に扉を閉めました。
振り返り階段を下りると────そこには真っ白な壁で囲まれた『楽園』が広がっていました。
これが僕がこれから一生を送る場所。
感無量でした。
あれからどのくらい経ったろう。
今、素っ裸で仰向けに寝転がってこんな事を語っているわけですが『何もしなくていい』という事がこんなに素晴らしいとは。
ここに辿り着くのにがむしゃらに働いた事。
全ては報われた。
サプリはあるしこのまま何もせずに安全に一生を送れる。
ここでの生活は始め多少退屈でした。
でも、段々慣れてきて怠惰の極みにシフトしていくと何とも言えず安堵のような不思議な充実感に包まれ『勝ち組』という古い言葉がよぎります。
ああ、夜が更けてきたんだった。
サプリはもう飲んだ。
いつもちょっと空腹感を感じるんですがそれもどうでもいいです。
そうそう、時計が壁に埋め込まれていて時間は分かるんです。
ただ、今何月の何日なのか分かりません。
8時か…。
みんなは会社帰りで酒でも飲んでる頃だろうか。
そんな事どうでもいいんですが。
そういえば最近時々思うんです。
『僕は何の為に生きてるんだろう』って。
それもどうでもいいんですが。
ああ、また俺独り言言ってる。
眠くなってきました。
そろそろ寝ようと思います。
明日?
どうでもいいですね。
関係ないですよ。
ただ、なんかごくわずかですが淋しさをここのところ感じますね。
でも、それもどうでもいいです。
眠くなりました。
それではお休みなさい。僕。」
END
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