花火の儚さ ~余韻が残るくらいがちょうどよい~
皆さんは、夏の定番、花火はもうしましたか?
私は、今日奥さんの実家へ帰省した際に
親戚の子ど一緒にしました。
子ども用の花火を買ったつもりでしたが、
手持ち花火の量が想像以上に少なく
つまらないかな?と思いました。
しかし、蓋を開けてみれば
もうちょっとしたかったなという
感じで終わることができ、
むしろ楽しい思い出で終わることができました。
やはり、
「もう少しやりたかったな」
くらいでちょうどよいのだなと
改めて感じさせてくれる経験でした。
授業づくりでも
もう少しやりたいくらいで
終わるのがよいと教わりました。
確かに
もう少しやりたいという声を聞いて
繰り返し活動を継続しても、
結局新鮮さが失われてしまい
やる気が半減してしまったり
おふざけが入ってしまったりすることが
よくあります。
結局指導を入れなければならず、
後味の悪い授業の終わり方をしたことが
一度や二度ではありません。
「楽しかったね!また次の時間にやろうね」
くらいがちょうどよいのです。
まさに、今日の花火がそうでした🧨
4才の子も一緒に花火をしましたが、
「もうちょっとしたかったな🤭」
くらいで終われたので、
その後もニコニコして
過ごしていました。
あまりに花火が多すぎたら、
逆に作業となってしまい
せっかくの花火が
つまらないものになったでしょう。
花火が一瞬で終わってしまうのと一緒で
余韻が残る終わり方が、
活動としてはちょうどよいということを
改めて実感しました。
花火の儚さと同じで
授業を計画する際にも
余韻が残る終わり方を工夫したいものです。
今日の記事は以上になります。
最後までお読みくださりありがとうございました。
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