徒然物語97 俺のゴースト

「リピータはどうやって獲得するんですか?」
 
「具体的な集客の手法は?市外からどうやってお客さんを取り込むんですか?」
 
「お店の席数に対して、この人員で本当に回せますか?」
 
僕は銀行員として融資担当を任されている。
 
ある日、飲食店の新規出店に伴う融資の相談を受けた。
 
いわゆる創業融資というやつだ。
 
申込人の男は、元有名飲食店のシェフで、腕は身に着けたから、地元で独立を決意したのだそうだ。
 
男は融資席にドカッと座ると、書類を投げて寄こした。
 
その書類は所謂、事業計画書というものだった。
 
この男が店主となり、どうやって店舗を回し、売上をつくり、利益を生み出していくのか。
数値と行動が記してある。
 
しかし、男が作成した書面はバラ色に満ちていて、まるで「俺が出店すれば必ず成功する」と言わんばかりの強気なものだった。
 
そのうえ、資金調達はほとんどを銀行からの借入に頼る計画となっていた。
 
素人目に見てもこの計画の実現可能性は低く、開業してもすぐに行き詰るリスクが高かった。
 
第一、   このままでは融資審査が通るとも思えなかった。
 
そこで、このバラ色計画の根拠を確かめるために、顧客に詳細な質問を投げたのだった。
 
その結果、往来人数を数えたとか、消費動向とか、観光客数とか…
そういった具体的な調査を行っているわけではなく、計画数値は何の根拠もないと判明した。
 
はじめは、自身の計画や経歴について意気揚々と話していた顧客も、突っ込んだ質問を繰り返されると答えられるはずもなく、言葉に窮してしまった。
 
次第にイライラしてきているのが、口調の端から伝わってくる。
 
そして、ついに男はこう言ったのだ。
 
「いい加減にしてくれよ!お宅は銀行員なんだから、黙って金貸してくれればいいんだよ!」
 
「数値の根拠?そんなもん、やってみなきゃわからねーだろ!」
 
そして、極めつけに決め台詞を吐き捨てた。
 
「ここに出店すれば必ず成功する。俺の“ゴースト”がそう囁くんだ!」
 

 
一瞬、男が何を言っているのかわからなかった。
 
冷静に立ち返り、
 
「いやいや、ゴーストが囁くなんて、融資申込書に書いたら、絶対審査通らないんですけど?」
 
と言いたくなる気持ちを抑え、あいまいな相槌と愛想笑いで返したのだった。
 
 
 
その後、計画値をこねくり回してなんとか融資を取り付け、この飲食店はオープンした。
 
後で気になって調べたのだが、“俺のゴーストが囁く”というのはマンガやアニメで有名な某作品の言葉であり、あの男自身の言葉ですらなかった。
 
そして、今になって思うことがある。
 
それにしても、オープン5か月でコロナウィルスによる営業自粛、来店客減少で計画の半分も達成できなかったなんて…
 
おっちゃんのゴーストは、肝心なことは教えてくれなかったんだなあ…

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