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【小説】あこがれの先輩【雨のち虹・その4】

「はじめまして。そしてお久しぶりです、虹先生」

 編集さんは来た。
 "はじめまして"は妥当の言葉であり、そして"お久しぶりです"も間違っていない言葉だった。

 僕は編集さん……アキラさんと面識があった。

「まさか……本当にあなただったとは思いませんでした。アキラさん」
 通話で何回か編集さんとお話はした。
 なので声だけだけど、どことなくアキラさんに似てるな……とは思っていた。
 世界は広い。だから声の似た人なんてたくさんいるから偶然だと決めていたけど、まさか本人だったとは。

「私も、虹先生がまさかあなただったとは……少し思っていました」
 アキラさんはそう言う。

 アキラさんと僕は、高校生時代の時に同じ部活に所属していた。
 その名も「ゲームクリエイト部」。字のごとく、ゲーム制作をする集まりだ。
 アキラさんは僕の先輩にあたる。

 そして僕が憧れ、ゲーム制作の人生を歩むことになった原点の人でもある。

「アキラ先輩はもうゲームは作っていないんですか?」
「ゲームですか?今は作っていません」
「そうですか……」
 少し残念だった。
 先輩の作るゲームは素晴らしかった。当時まだ高校生という年齢にして、彼女が作るゲームに引き込まれた人は多かったと思う。
 ”高校生が作るゲームはクソゲー”なんて時代に、彼女が作ったゲームはコンテストに入選した。それはつまり、おもしろかったと感じた人が多かったということだ。

 かっこよかった。

「ひとついいですか、先生。私のことを”先輩”と呼ぶのは控えてもらえると助かります。今は”先生”と”担当”という立場なので……ご理解していただけるとうれしいです」
「あっ、すみません……」

 この丁寧な物腰、慎重なしゃべり方……変わっていない。
 少ししゃべるうちに、僕も落ち着いてきた。
 憧れの人がまさか僕の担当さんだったなんて、正直ファンタジー感もあるけど……少しうれしかった。

◆◆◆◆◆

「……以上で打ち合わせは終わりです。ありがとうございました、先生」

 アキラさんとの打ち合わせは終わった。
 これからの予定、ちょっとしたインタビュー、進捗報告などだった。
 正直通話でできる内容だったけど、会社が「リアルで打ち合わせしてくること」という方針だったのでしょうがない。

 仕事は終わった。

 僕はアキラさんと会話したいことが山のようにあった。

「ところで、これは仕事とはあまり関係ないかもしれませんが、レインさんはいますか?」
 アキラさんは言った。
「えっ、レイン?どうしてあの子のことを知ってるんですか先輩……?」
 僕は驚いた。なぜ知ってるんだ?
「虹先生のお宅にお邪魔する前に一度、お会いしまして。スマホから急に飛び出してきまして、『こんにちは!わたしは虹くんのパートナーです!』と自己紹介されまして」

 あんのやろ

 おそらくアキラさんとの通話データをたどって行ったんだろうけど、まさかそんなことをしていたとは……。

「私も驚きました。クリエイター様の個人情報を深く掘り下げるつもりはないのですが、レインさんとはどういうご関係ですか?」

 関係。レインとの関係……。

「黙秘権を使うことはできませんか?」
「わかりました」
「すみません……」
 案外あっさりあきらめてくれた。

◆◆◆◆◆

 打ち合わせが終わり、アキラさんは帰っていった。
「あらためて、これからもよろしくお願いします虹先生。先輩後輩という関係は消せませんのでやりづらいでしょうが、どうか今後とも」
 いえ、これほどうれしいことはありません。

 アキラさんがいなくなるのを合図にレインは来た。
「でへへ、びっくりしたでしょ虹くん!」
 レインはにやにやしながら言った。

「お前……僕が会う前にアキラ先輩に接触するとはどういったことで?」
「いやいや、どんな人かなーと思って。だってもし編集担当さんがやばそうな人だったら、虹くんに逃げてもらおうと思って……レイン、こう見えて虹くんの心配を存分にしているのだよ???」
 真剣に心配しているようで、口と目は笑っているレイン。

「で、虹くんと担当さんってどういう関係だったの?ねえねえ!」
 興奮気味にレインが聞いてくる。
「どうって……高校時代の先輩後輩っていう立場で」
「そんなこと知ってるよ!わたしが聞きたいのは……虹くん、担当さんのこと好きでしょ!」
「はぁ!?」
 そういう話に持っていかれるか……。
 好きか……と言われるとどうなんだろう。

「”あこがれ”ではあるのは確かだ。そういう意味では好きだし、今の僕の創作だって原点は彼女だ。彼女がいなければ僕は今ゲームを作っていない」
 一息に核心を説明する。
「ふーん。なんだそうか」
 適当に返事された。

「でもでも、そんなあこがれの先輩が虹くんの担当さんなんてすごく偶然でファンタジー感ない?レインはなんだかうれしいんだよ」
 うれしいらしい。

 正直僕も、うれしい。

「アキラさんとの接点があるのはうれしい。高校を卒業されて、もう会えないと思っていたから。SNSとかもされていないみたいだから、ほんと見つけられなくて残念だな……もう一度会いたいな、とは思ってたよ」
 ふと本音をしゃべる。

「虹くん、それはもう想いが強いね。それって恋じゃない?」
「恋ではない」
「ほんとかなー?」
「ほんとだよ」

 その後も1時間ほどレインとしゃべった。
 内容は主にアキラさんのことだが、いつの間にか話はそれてゲームのこととか、フェイクのこととか、昨日見たテレビのこととか。

 そんな中、僕はアキラさんと話していた時にスルーした会話を思い出した。

「レインさんとはどういうご関係ですか?」

 この答えを、僕は誰にもうまくしゃべることはできないかもしれない。


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