頭皮の毛根に遺伝的傾向のあるすべての若者に捧ぐ(若しくは英会話について)

 若かりし頃(とはいっても今から20年前くらいなので若くはないか)英会話にハマっていた時期があって、英会話学校で知り合い、退会後も友人関係にあったアメリカ人のPhilipくんをキーパーソンにして色んな人と渋谷にあるとあるバーで飲んだ。

 参加者のお国柄に合わせた「乾杯」のあと、テキトーな自己紹介と雑談が相混ざって皆の気分がほぐれた頃、私は必ずある話題を切り出す。ネイティブが酔うと更に会話のスピードが上がるので、会話に割り込む必要もあった。そう、とびきり深刻な顔で(当然、Philもグルである)


Actually, I have a serious problem on my physical.

「実はね、僕には身体上の深刻な問題があるんだ」

It's a inbone thing, and I can't do anything.

「それは、先天的なもので、僕自身ではどうにも出来ないんだよ」

ここでPhilはとても悲しそうな顔をしてうつむき、時には目頭を押さえたりする。英語圏のボディーランゲージは実に雄弁だ。

My father is bald.

「私の父はハゲだ…」

My grandfather is bald , and my mother's father and grandfather too!!!

「私の祖父も、私の母の父も祖父もハゲなんだ!!!」

You know Mendel's law? Genetically, I also get bald. This is fate...

「メンデルの法則は知ってるよね。遺伝学的に私はハゲるし、それは運命なんだ!」

 私はここで、皆の前に頭を突き出す。バーのペンダント照明に晒されるように、私のつむじ(今で言うAGA的な呼称ではO型と言うらしい)を差し出す。

 ある人はしらけるし(中国系と英国系は無理だった)、いい加減に酔いが回った英語圏の人は、「いつか良い薬が出来るよ」と言いながら、私の実際に薄くなったつむじを叩きなががら笑ってくれた。オージーでグーで来たやつもいる(結構痛かった)

 そしてPhilは今で言うAGA的にはM型が進行した額をペチペチ叩きながら、バーテンと短い会話をする。

 バーには小さなライブスペースがあって(それは本当に小さく、アンプとスピーカーが付属したテーブの無い席と呼ぶのがふさわしい)Philが目配せで合図をする。私はさっきまで座っていたスツールの下からスポーツバックを引きずり出して、自分の楽器であるBongoを取り出し、Philがライブの時に使うダンボールの立て看板をセットする。

 Philは神妙な面持ちで店にあるギターのチューニングをした後、4カウントでいきなりハードな弾き語りに入る。奴のお気に入りの(よりにもよって)The Kinksだ。

 Philとの付き合いの中で、The Kinksの素晴らしさは何度も(耳にタコが出来るほど)聞いているし、奴に連れられてタワーレコードでCDも買った。全部覚えるまで(強制的に)聴いた。そしてなぜか奴のiPodに私が買った音源をコピーしたよな、確か。

 それはいい。今は渋谷のバーのステージだ。The Kinksも一番メジャーな曲は皆が知っている。一応、ノリで付いてきてくれる。

 問題は2曲めだ。一曲目の反応を見て、時には日和ってThe Beatlesに移行したりもする。(私はどちらにしろパーカッションで8〜16ビートくらいであれば何でも合わせられる)

 その日のPhilは何かおかしかった。2曲めは更にマイナーなThe Kinksの曲を熱唱し、次にはなんとThe Doorsだ。

 その日のテーブルには、20代の中国系カナダ人女性とその友達、30代の欧州系英語圏の女性がいた。明らかに選曲がおかしい。そして実際に、テーブルは我々の熱演虚しく(遠く酔っ払ったジャパニーズの声援も受けたが)完全に白けた。

 道具を片付け(全部私の役目だ)テーブルに戻り、他愛もない(大抵は私のをPhilがいじるギャグなのだが)会話をしながら、何杯か飲んでお開きになった。

 Philが学校関係の繋がりで友人を呼ぶ代わりに、ステージで歌う機会を得ている事、そして若干なりともステージフィーを得ていることは以前から聞いてはいた。でもそれが幾らだったのかは聞くことはなかった。それが割に合うフィーだとは到底思えない。

 Philと私は、そんな飲み会というかステージというか、中途半端な高揚感のあとで必ず、ステンレスの外壁が尖った交番の裏にある中華料理屋に行き、彼の奢りで飯を食った。私が中華丼とか五目丼のような重量級メニューをオーダーしている横で、Philはやきそば系を選んでいた気がする。おそらくそんな算盤勘定だったのだ。

 カウンターで並んで飯を食いながら、Philがステージとは別人のような小声で(こいつは普段はささやくようにボソボソとした英語をしゃべる)「あのチャイナ(中国異系カナダ人)は誰とでも寝る。日本人と結婚したがっているんだ。俺が知っている限りでは5人。彼女から直接聞いた。お前は気をつけろよ」

 なるほど。選曲の意味がわかった。

ーー

 さて、そろそろ表題に戻ろう。「頭皮の毛根に遺伝的傾向のあるすべての若者に捧ぐ」だったっけ?

 先日、職場の仲間と飲みに行った際の話になる。仲の良い後輩はまだ30代前半だ。そして恐らく(前髪を下ろしているので推察だが)AGAのM型が進行している。飲み会でバカを言い、大笑いしなからも、頻繁に前髪を整えている。癖になっているのかもしれない。

 そこで久しぶりに、例の「Actually, I have a serious problem on my physical.」のくだりを始めた。まぁ当然、日本語でだけど。そして残念な事に、serious problemは更に2つ程追加されている。年には勝てない。

 「遺伝学的に現実はこうだ」(と言って更に砂漠化が進行しつつある後頭部をペチペチと叩く)

 「俺も若いときには気になったもんだよ。短髪をジェルで固めて目立たないようにしたりもした。育毛剤だって試した。でも結果はこうなんだよ。それが早いか遅いかの違いだけなんだ。先ずは現実を受け入れろよ」

 「俺たちには共通点がある。頭皮の毛根の一部が極端に弱くなっているんだ。まず、弱った毛根にダメージを与えないことが先決だ」

 「髪の毛にも重力がかかる。風に吹かれたり、髪をかきあげたりすれば髪の毛の摩擦係数にもよるが、当然力がかかる。髪の毛にかかった引張力を受け止めているのが毛根だ。そこには引抜力が生じるし、引抜力が毛根の髪を保持する力を上回った時に、髪は抜ける」

 「細かい計算をするまでもなく、髪の毛の長さが半分になれば、毛根にかかる引張力も半減する。1/10にすれば1割だ。ある時それに気づいて、俺は坊主にしたんだ」

 「いいか、限られた毛根にかかる外力を減らして、少しでも弱った毛根を守るんだ。そうすれば、たとえ遺伝学的にその部分の毛根が弱かったとしても、延命することは出来る。10年後のことを考えてみろ、運命は不可避なんだ。だとすれば、進行を遅らせするしかないじゃないか?」

 後輩は苦笑いした。年齢からすれば躊躇するのも無理はない。更に実例(私だが)の坊主頭は頭蓋骨の形からしてトラディショナルジャパニーズ、めっちゃ日本兵だし、相方さんの意見によると「TKOの木下」に近い(せめて、あばれる君くらいは言ってくれないものだろうか、夫婦は特に残酷だ)

 子供の頃、刑事コジャックが好きだった。テリー・サバラスの頭蓋骨の形は素晴らしく出来ればテーブルに置いて飾りたいくらいだ、自分も大人になったら坊主頭で体を鍛え、良いスーツを着てチュッパチャプスを舐める。そんな憧れがあった。今となっては、残念ながら共通点ば坊主頭であるということだけだ。

 大人になり、初めて坊主頭にした時には、多少なりともショックを受けた。もちろん頭蓋骨の形が悪いことには気づいていた。しかし鏡に現れた私の頭は、頭頂部が少し右側にとんがり、絶壁とは言わないまでも後頭部の一部が古い実家にあった板の間並に平らだ。(一方で妹の頭蓋骨は、坊主にしたことはないので、手で確かめた限りではきれいな卵型だ。長男の反省は生かされた)

 それでも私は毛根にかかる引張力の低減を優先した。すべてを受け入れ、慣れることにした。案外、慣れるのは簡単だった。

 風呂やプールに入る時にすこぶる楽だし、ヘルメットをかぶっても髪が潰れることもない。困ったことといえば冬に帽子をかぶらないと寒いこと。夏場もも汗が滴り落ちるので、タオルが手放せないこと。(大抵はタオルを頭に巻く。帽子を別に持たなくて済むというメリットも有る)

 あと、これは良いことか悪いことか判断に困るのだけど、坊主頭は相手に一定のインパクトを与える。簡単に言うと、もともと怖い顔が、更に怖くなる。

 実家に行くと、昔のアルバムが(決して頼んだわけではないのに)度々登場する。私と父は顔立ちがよく似ている。そしてある時気づいた。写真から推察するに、父は30代からオールバックにしている。その髪型にせざるを得ない理由も、年齢も、概ね私と一致している。そして父は、オールバックという毛根に負荷がかかる髪型を貫ぬき、今の私と同じくらいの年齢には、手の施しようのない砂漠に貼り付くバーコードへとへと変化していた。

  一方、私は坊主を選択した結果、濃淡はあるものの、部分的にも不毛の大地を頭部に携えるには至っていない。せいぜいサバンナ程度である。

 臨床例はわずか2つ。栄養や生活習慣の違いはあるにしても、何よりも親子である。一定の説得力はあるはずだ。

 頭皮の毛根に遺伝的傾向のあるすべての若者に捧ぐ。

 その兆候が現れたら覚悟を決めろ。そしてバリカンを買え。最近は吸引機能付きの便利なバリカンが売っている。私が使っているのはコレ(アフィリエイトとかしておりませんのでお気軽に)

あと、バリカンだと襟足や耳の周りに長い毛が残ることが多い。

安いもので充分なので「ヒゲトリマー」で最終調整する

 あと忌々しい事に、髪の毛が伸びるスピードより、髭が伸びるスピードのほうが早いんだよね。

では、頭皮の毛根に遺伝的傾向のある若者諸君。

 運命を受け入れ、進行を遅らせるるのだ。そして一日でも早く決断してほしい。それは10年後の君のためなのだ。

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