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書評「なぜ日本は没落するか」森嶋通夫

今さら私が論じる必要もないほどの名著ですが。

私がこの本を読んだきっかけは、菅野完氏が、ツイキャス動画でこの本を「名著」と絶賛して紹介したことがきっかけです。
放送でそれを聞いたリスナーが大挙して買い求め、Amazonとネット古書店の在庫が一気になくなってしまったというオチがあります。なので私は、岩波書店のネット直販で買って読んだのですが。

さらに余談を重ねるなら、私の大学の恩師が、大学の授業で参考文献として、森嶋氏の「イギリスと日本」を挙げたことがあり、私も読んだ覚えがあります。ただ、この本が刊行された1999年には、私は社会人を経て2回目の大学に在学中ではあったものの、英語の教員免許を取るために2年間の勉強の途上であり、英語の勉強で精一杯。この本を知るきっかけがなかったことは残念でしかないです。

低レベルの話に付き合うならば

基本的に、理解できない輩を相手をしても仕方ないのだが、少しだけ書く。

たぶん「日本礼賛論者」は、この本を、タイトルからして否定して、手にも取らない。そしておそらく読んでも、中身を理解、咀嚼できない。ということは、論理的に反論することもできないということだ。
まさに、そこに問題がある。

理想を言うならば、この本に書いてある内容だけでなく、日本が抱えており、対処すべき問題についての知見を集め、この本で指摘された内容だけでなく、多くの知識人・学者が知見を持ち寄って対策を考え、一つの方向性を見出すべきなのだ。

この本のタイトルを見て脊髄反射的に否定するのでは話にならない。また私も、別にこの本に書いてあることが絶対の正解であるから盲信せよ、その通りにせよとも言わぬ。だが、日本が致命的欠点、課題を抱えているが故に、現に国際社会から取り残され、いずれ相手にされぬ小国に堕して落ちぶれつつあることは間違いない。

問題の所在を認識せよ、解決策を講じよ、日本を良くせよ、尊敬される国に高めよ、と言っているのだ。現に課題は山積みであるのだから。
できることなら、この本に書いてあることを全て理解した上で、より高いレベルで、時には批判し、知見を加えて議論ができることを、私は望んでやまない。が、おそらく、それができる人は、圧倒的に少ない。

ネットで、何も考えず、何も読まず何も学ばず、見たいものしか見ず、エビデンスより感情を以て判断を下す人間に、何が理解できるだろうか?

20年前に指摘されている課題が、何一つ、手をつけられてさえいないという現実が、どれほど恐ろしいか、想像してみるが良い。

しかも、この本には、私が求めてやまなかった処方箋の一つがある。だから私はこれを参考に、考察を進める。ただし一つ、私には越えられない原則があるが、それについてはここでは述べない。

以下、蛇足だが余談を記す。気軽に読んでいただけると嬉しい。

第六章「教育の荒廃」について、実感を持って同意できる人間は多いと思う。日本の教育について「暗記教育」という批判は多いし、もはや使い古されている。にも関わらずそれが大筋で解決されていない(たぶん50年以上)ことも戦慄に値する。
私の実感を言う。

私は、大学入試、少なくとも共通一次(センター試験のような形の基礎学力試験)は、だいたい3つほどの「スキル」で全てがカバーできると思う。もちろん最重要は暗記だが、私は暗記は得意ではなかったので、それ以外でカバーしてきた。

この際、その技能の数が問題なのではなく、問題なのは、この「スキル」ができるかどうかが試験のほぼ全てに近く、日本では、大学入試だけでなく、特にマークシートを用いたありとあらゆる試験と名のつくもの全て(運転免許試験、各種資格試験等)に同じ「スキル」が応用可能である。そして、社会へ出た者や、大学に残っている者、入試センター試験を作っている者、そしてもちろんそれ以外の試験を作っている者達は、全て同じ「スキル」の応用しかできない。

この「スキル(試験対策技能)」ができるかどうかが、日本の「学歴社会」へ入れるかどうかのほぼ唯一の関門である。

実技を伴う、たとえば運転免許試験で、ただの「スキル」ができるかどうかを問うて何の意味があるのか。まして、日本の教育の最難関であるべき大学入試に、こんな低レベルの技能だけを再生産して何が楽しいのか。

森嶋氏が本書の中で指摘している通り、例えば「人間には神が必要か」というような問題こそ、下らぬ「試験対策」に拠らぬ、真の思考力のレベルを問う試験たり得るだろう。その意味では、中国の科挙の歴史の中に、このような意義深い発問は多いし、参考になり得る。

確かに大学の二次試験はかなりの難関だし、「スキル」では対応しきれない面は多くある。だがそれでも、「教わったことを教わった通りに再現できる技能」を問うていることに変わりはなく、これでは、正解のない、実社会でのイノベーションを生み出す能力の訓練には全くならない。だから日本企業はイノベーションの必要な現代の産業構造に対応できず、世界で沈む一方に陥っているのだ。本当に、日本企業が世界で活躍したいならば、教育機関でこれを学ばせる以外の方法などない。そしてそれは本書でも触れられている通り「教授する」ものではないのだ。

挙げ句に、ノーベル賞を受賞している日本人の大半が海外で研究している。「日本人のノーベル賞!」と喜ぶのは結構だが、優秀な頭脳が流出している現実を認識せねば国家に未来などない。

正直に言うが、私は、この本を読んでいなかったことを心から恥じる。その一方、自分で考えてきたことの多くがこの本に書かれており、自分の施工作業が間違っていなかったという安堵もある。

ただ、社会に蔓延する知的レベルとの差の絶望的な大きさに、呆然とする現実は否めない。

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