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XVI. 茶に学ぶaroma

花の香、磯の香
グリーンのアロマ
湿った土の匂い
たった1種の植物から代謝物(カフェイン、カテキン、ポリフェノール、アミノ酸ほか)、2次産物(酸化物、自己消化物、ファイトアレキシン)、微生物分解物、に由来する多様なアロマが生まれることに驚く。
そして、丁寧に入れられた良質の茶はレトロネーザルアロマ(Retronasal Aroma、戻り香)が美しい。決定的にそこがある。

温められたレトルト食品から、猛烈に食欲を刺激する匂いがする。
そのうえ、それをほかの人がおいしそうに食べているのを見ると、つい自分もそのレトルト食品が食べたくなってしまう。
温めればすぐにできるということもあり、欲望に負けて自分の分のレトルトパウチを温めて食べてみると、不思議に匙が進まない。
あれほど食欲をそそったはずなのに、急に空腹を感じて用意したはずなのに、なぜか多くは食べられない。
味は取り立ててどうということもない普通の味なのだが、何か違和感がある。
それは鼻か喉かどこか口よりももっと奥で感じる違和感だった。
子供の頃から、それは不思議に思っていた。
いつも食べきれないのだからレトルト食品を用意しなければいいのに、特に他の人が食べていてその香りを嗅いでしまうと我慢ができなくなってしまう。

食品工業がどんな仕事をしている業界なのかを知るようになり、その理由が理解できた。

食べ物の味や印象は味覚のみならず、嗅覚で捉えられる香りの影響を強く受けることはよく知られる。
分析化学者は様々な食品から立ち上る香りのうち、美味しさという感覚に繋がる香気成分を探し出し、それが何という分子であるかを明らかにする。そこまでは同じ興味を抱くことができる。しかし、食品工業はその後、その特定された成分を安価に合成し、食品添加物として加工食品に加えている。シーズニング剤と呼ばれる添加物を加工食品に加えれば、焼き立ての少しだけ焦げたような芳ばしい香りが増す。或いはじっくり煮込んだような香りが増す。
人類が火を使い始めた頃から、たんぱく質が焦げる匂いは人に食事を想起させる。
その香りに応じて条件反射で唾液や消化液の分泌が増す。
添加香料は加工食品の持つ独特の加工臭を覆い隠し、美味しい食品であるかのように錯覚させることができる。

そのことが何を意味するのかはここでは問題にしない。
私が気にするのは、香りによって脳の欲望のスイッチが入るとそれを解除するのは極めて難しくなるという事実。
「これまでにも何度も同じ失敗をしてきた。レトルト食品は用意しても食べられないからもう用意しない。」それはよく知ったことなのに、誰かがそばでレトルト食品の一皿を用意し、その匂いが届いてしまったら食欲を抑えられない。
香りは欲に結び付き、人の行動を変えてしまう。

食品、飲料に誰かの経済的欲望が込められ、洗脳を仕掛けられているとして、それを見破れるのか。
理由は分からないが、香料に合成添加物があるとレトロネーザルアロマに違和感がある。違和感は匙を止める。
材料から作ったカレーと、レトルトカレーの何が違うのか。
レトロネーザルの感じが違う。

そのことを茶に教えられた。
香料が添加されている緑茶は口に含んだ瞬間の香り立ちが強すぎる。
紙パック入り茶に至っては紙の匂いまでする。しかし、その後のレトロネーザルが弱いかまたは異常な香りとなる。

茶葉にも水にもこだわった良き茶は、口に含み飲み込んだ後のレトロネーザルが力強く印象に残る。
料理もそうだ。丁寧に心込められて作った茶懐石料理は茶席に強い匂いをさせないように配慮されているが、口の中、飲み込んだ後に薫る戻り香の豊かさはそれぞれの季節の食材の力をしっかりと表している。

人の感覚、官能の奥深さは計り知れない。香気成分と感覚を1:1に単純化、一般化しようとすることは安易すぎるように思える。

レトロネーザルアロマを感じることに集中すると、呑むのも食べるのも遅くなる。レトロネーザルに意識が向かないほど慌てて飲食をしていると、口にするものが発している重要な信号を見落とすことになるだろう。

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