兄が警察に連行された日

 全ての胃の中の物を吐き出してしまいそうな程の感情を抑えて、私は食卓に出された食べ物をみつめた。この感情を人はなんて呼ぶのだろうか。怒りなのかショックなのか悲しいのか。私にとってこれは、この世で一番最悪な感情のように感じた。
 家から帰ると、兄がいなかった。それからほんの少しして、兄が警察に連行されたことを知った。どうして捕まったとかそういうことをここに書ける程私は心が強くないで、省略させてもらう。
 もう二度と会いたくも話したくもない。母親にそういうと、母親は何も答えなかった。警察署から帰ってきた兄に私は、きっととてつもない悪態をつくだろうと思った。しかし、頭の中にこういう場合は、怒っちゃいけないという母の言葉が往復して言おうとしていた言葉を私は必死の思いで、抑えた。しかし、顔を見て声を聞いて私はこのやり場のない感情をどう扱っていいのかわからない。
 隣に座っている兄は、いつもうるさいほど喋るのに今日は何も言わずに食べていた。何も知らない父親が兄に話しかけるのを見て、私は何も知らないふりをしなくてはいけないとわかった。だから、私はまた必死に感情を押さえて、兄にこう言った。
「食べる?」
私の前に置かれた鶏肉を指さして私はそう言った。兄は、恐る恐るうんと言って鶏肉を取った。私に今出来る精一杯のふりは、それだけだった。

 私の兄は、障害者だ。知的障害者だ。因みに私も発達障害者。だから、兄よりも自分に普通に生まれたかったと思うことの方が多かった。けど、今日普通の兄を持ちたかったと心の底から思う。そう思うことは間違っていると、言うかもしれないけど、私はまだそこまで心が広い人間にはなれていない。私が間違っているというなら是非この感情を味わってほしい。兄が捕まったことも、兄の存在を否定したくてたまらないことも全て最悪だ。最悪な感情も涙も止まらなく、嫌な部分だけ頭の中で何度も再生されるだけで、私は本当にどすれば、これを、この感情を、受け入れることができるのか全くわからない。ただただ、もうこの世から居なくなってしまいたいと思った。

sunumizu


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