例えば、君が
中学生の頃、放送委員は無敵だった。みんなが給食を食べる間、放送室でTVを観れるし、先生たちに隠れてゲームも出来た。そして何より、好きなCDを好きなだけかけることが出来たのだ。多感な思春期真っ只中の小さな僕らの世界で、喧嘩が強いより、勉強が出来るより、スポーツが得意より、自分の好きな音楽で学校中を包むことの方が、とびきり凄いことだと思った。
そんなわけで僕は中3の時に放送委員になりたかったけど、くじで体育委員になってしまって絶望したのを覚えてる。それでも仲良い友達が放送委員になってくれたから、僕は頼んで、ゴイステや19、ドラゴンアッシュにリップスライム、キックザガンクルー。好きな音楽を好きなだけかけてもらって、給食で好きなメニューが出た日には、もう優勝だった。
ある日、片思いしてた女の子が、
「ひかちゃん音楽好きだよね?この人、全然知られてないけど凄くいい歌だから。」
そう言って1枚のCDを貸してくれた。僕ですら知らない、無名の新人の女性のシンガーソングライターの方で。
「恥ずかしいから他の人には絶対教えないで」
この高鳴りをなんと呼ぼう。小学校1年生の頃から中3までずっと好きだった初恋の娘に。初めての秘密の共有に、おススメのCDを貸してくれたことに、僕は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
僕は彼女に喜んでほしくて、サプライズで放送委員の友達に頼んで、給食の時間にかけてもらったんだ。
彼女どんな顔するだろう。
きっと喜んで、はにかみながら可愛い笑顔を見せてくれるに違いない。
曲が流れた時、それは起きた。
「なんだよこの曲」
「知らねーよ」
「誰だよリクエストしたの」
いつもかかる曲と違う雰囲気の曲に、クラスの男子たちから非難が殺到した。
彼女を見ると、彼女は下を見てうつむいていて。僕はどうすることもできなくて。うつむいた彼女と目があうと、彼女は怒るわけじゃなく、とても、とても悲しい目をしていた。
好きな人を喜ばせるどころか、傷つけてしまった。なんてことをしてしまったんだろう。なんでこんなとこになってしまったんだろう。
僕はとうとうその娘に謝ることも出来ずに、借りたCDを返すことも出来なかった。
それから17年。
つい先日、営業で地元のお祭りに参加した時のこと。ステージでの出番が終わり、地元の友達と談笑していたら。その娘が観に来てくれていた。
両手には赤ちゃんを抱えていて。
その周りを走り回る小さい女の子は、その娘の面影があった。
「面白かったよー。すごいね、頑張りよるね」
僕はとうとう謝れなかったけど、許してもらえたような気がした。そもそも彼女はあの時のそんな些細なこと、少しも気にしてなくて、なんなら覚えてないかもしれない。それでもなんだか僕は、勝手に許してもらえたような気がしたんだ。男ってやつは勝手だ、そして馬鹿だ。どうしようもないよ。
あの時、君が貸してくれたCDの曲名は思い出せない。どんな曲だったかも今じゃあやふやだ。それでも、あの時の彼女の悲しい顔と、笑ってくれた顔ははっきりと覚えてる。そしてなんだかわからない、この言葉にならない名前の無い感情は、心臓の奥の方でずぅっとこびりついてる。
例えばそれが、青春だった。
読んでいただきありがとうございます。読んで少しでもサポートしていただける気持ちになったら幸いです。サポートは全部、お笑いに注ぎ込みます。いつもありがとうございます。言葉、全部、力になります。心臓が燃えています。今夜も走れそうです。