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鬼滅の刃をアラフォーの大人が考察してみる

久しぶり、というか約1年半ぶりくらいにnoteを書いています。

Twitterの書き込みやブログの更新はちょくちょくしていたのですが、つぶやきでもレビューでもない文章はnoteに残していこうかなと。日々の気づきや最近ハマっていることなどですね。

それで今回のテーマはこちらです。鬼滅の刃

もとは流行に敏感なティーンである娘が教えてくれたもので、クラスでもみんな漫画を読んでいると。そしてローソンでキャラクターのグッズが売ってるから、ママ買ってきて!!と頼まれたのが発端でした。

グッズを買うならせっかくだから、漫画の方も読んでみようかな〜と軽い気持ちで本屋に行ったら、全巻売り切れ。一体何が起こってるの?と、まずはAmazonプライムで配信されているアニメを先に観ることにしました。

これはヤバい。寝ないで全26話を通して観てしまった...(事実)

子ども達の心を掴んで離さない理由がよくわかりました。というか子どもの気持ちはもう理解できなくなってきているんですけど、これまで数多くの漫画を読んできたベテランのアラフォーである私が考察してみることにします。

※以下はネタバレを多々含みますので、未読の方はご注意ください。


夢や努力で何とかならない世界

まず、この話をよく今のジャンプで掲載できたなと思いました。だって第1話で家族がほぼ全滅ですよ?さらに唯一の生き残りである妹は鬼に変えられてしまい、これでもかというくらい絶望的なスタートなんです。

主人公の炭治郎(これがまたいい子なんだよ...)は悲しんでいる間も無く師匠のもとで修行を重ね、鬼を退治する組織の中に入って活躍していくわけなんですが、その間にも鬼や人がどんどん死んでいきます。アニメだと描写がさらにエグくなっているので、子どもが観ても大丈夫なのかなと心配になってきます。

この漫画は登場するキャラクターが偽善めいたこととか、正義がどうのみたいなことを言わないんですよね。努力しても死ぬときは死ぬし、やられるのは自分に原因があるんだぞみたいな感じで容赦ないです。現実に近いのではないかと思います。

大正時代に生きた人々

鬼滅の刃の舞台設定は大正時代ということになっています。これがまた上手く持ってきたなと思いました。

今のキッズにとって大正は遠い昔ですが、大人にとっては身内が大正生まれだったりするので、そこまで時代劇という感じでもないんですね。

この時代はまだ身分制度がありましたから、華族はお屋敷に住んで良い暮らしを享受する反面、庶民は厳しい生活を強いられていました。子どもの数も多かったので、長男以外の下の子ども達は丁稚奉公や養子に出されたりしていたのです。私の祖父も9人兄弟だったそうで、長男は家長として絶対的な権限があったような事を聞きました。(戦争で亡くなってしまったのですが...)

あの有名なセリフ「長男だから我慢できたけど、次男だったら我慢できなかった」というのも長男は偉い!頑張り屋だ!ということだけでなく、何があっても下の子達を守らなくてはならない、弱音は吐けないという立場がよく分かります。炭治郎はお父さんがいないからなおさらですね。

単なる悪役に終わらない鬼の存在

鬼滅の刃はメインのキャラクターが魅力的ですが、敵の鬼にもスポットライトが当てられています。普通の少年マンガなら、悪い奴をやっつけてみんなハッピー!となるところですが、そうはなりません。

鬼は元々は人間でした。倒されて命が尽きる前に人間だった頃の記憶が戻ってくるのですが、お兄ちゃんとはぐれて一人ぼっちになってしまった子、作家としての才能を認められずに絶望した人...など、みんな色々な事情を抱えています。

だからと言って人を襲ってよいわけではないので粛清されるものの、人と鬼の境目とは?ふとしたきっかけで鬼になってしまうこともあるのではないかと思いました。

漫画の方はまだ全部読んでいないのですが、大人の立場で読むとまた違った考察ができて面白いんじゃないかと思います。十二鬼月の塁の話なんてまさに機能不全家族ですし、家族のあり方って何だろうと考えてしまいました。

明日もまたコミックを買いに行きます。ジャンプのコミックスを大人になってから買ったのはこれとハンターハンターくらいだな。傑作ですよ。