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「モデル」と魔法使い

私が広告代理店に勤めていたころ、超有名カメラマンと一緒に仕事をしたことがある。当時私は雑誌の表紙を某出版社より一任されており、予算度外視で毎月、時代のトップランナーを表紙に起用していた。個人的にとても気になる女優がいたので、あらゆるコネを使って表紙掲載の承諾を取り付けることができた。その女優は専属のカメラマンがおり、契約上3月末までは指定するカメラマン以外では撮影できないことになっているとの説明を受けた。この業界だけではなく、誰もが知っている超有名なカメラマンだった。この撮影費がびっくりするほど高い!(もちろん表紙モデルよりも!)どんな撮影をしてくれるのだろう、と撮影当日ワクワクしてスタジオ入りをした。興奮していたせいか、あまり前夜寝られず、集合予定時間よりも2時間ほど早い到着となった。私が一番早い到着だろうと、スタジオに入ると、既にそこには10人程の若いスタッフたちが機敏に動いていた。明らかに新米アシスタントと思える2.3人は床を掃除し、ケータリングなどをそろえていた。ちょっと中堅クラスの4.5人は三脚、照明を設置し、露出を何度も何度も測っていた。11時集合なのに9時少し前にはすべての撮影準備は完了し、準備が終わると、彼らはスタジオの入口に整列し始めた。このスタジオは被写体となるモデルと、カメラマン及びスタッフの入口を敢えて分け、撮られる側の世界と撮る側の世界に集中できるコンセプトを採っていた。10時少し前、表紙となる女優が到着し、メイクをスタートした。まだカメラマンは到着していない。アシスタントたちはスタッフ入口でまだ微動だにしない。それから約1時間後、黒塗りのセダンが勢いよく入口に進入してきたかと思うと、彼らは一斉に頭を下げ、一人のトップアシスタントと思しき男性が後部座席のドアに手をかけた。後部座席からヌルっと足が見えた瞬間、全員で声を揃え「〇〇先生!おはようございます!本日も勉強させていただきます!」・・・。まるで任侠映画をみている様な迫力だった。スタジオに入るとカメラは既に三脚にセットされており、同じくらいのタイミングで表紙の女優もロールスクリーンの前にスタンバイしていた。カメラマンは誰にも挨拶することなく、カメラへと真っすぐ進み、右手をポケットから出した瞬間、パシャっと一度だけシャッターを押した。閃光が走ったと同時に「はい、OKぇーーーー!」撮影終了。ファインダーを覗くことなく左手はポケットに入ったままだった。信じられない・・・。こんな撮影で「良い」写真が撮れるわけがない。でもそのシャッター一発の写真が信じられないくらい「良い」写真だったのである。まるで魔法にかけられているようだった。おかげさまでその月の雑誌販売部数は前月より大幅にアップし、出版社の社長が直々に挨拶に来た。あれ以来、その魔法使いとはテレビの中でしかお会いしていない。もしかすると魔法を使えるある特定の人だけが、この世の中で大成するのだろう。はやくその魔法を覚えたいものだ。

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