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文化財を未来へつなぐ「複製」の仕事:サンエムカラーのデジタルアーカイブ&美術複製 社員インタビュー

サンエムカラーは国立博物館の国宝や重要文化財でも採用される、高度なデジタルアーカイブと美術複製の技術を持っています。

歴史ある文化財は、長い年月を経るごとにどうしても劣化していく恐れがあり、鑑賞できる機会が限られてしまいます。デジタルアーカイブや美術複製は、そのような文化財を精緻に記録し、より多くの人に届ける、保存・継承と普及を担う仕事です。

今回はサンエムカラーで製版全般を行うCDC事業部。その中で、文化財の複製に取り組む、村田直樹部長と西嶌漱介さんのインタビューをお届けします。

サンエムカラーの文化財の仕事

——はじめに、それぞれがどんな仕事をしているか教えてください。

村田 入社したのは25年前くらいになると思います。入社当時はCDC事業部ができたばかりで、印刷物の製版や画像処理、文化財の複製にもたずさわってきました。そこから製版のデジタル化が一気に進み、新たな設備の導入をしながら、CDC事業部を拡張させてきました。

CDC事業部 部長 村田直樹さん

西嶌 私は入社して5年になります。アートプリントや複製の制作、あとは文化財のデジタル化ですね。大型スキャナを使ったデジタルアーカイブや、カメラによる複写を主な業務としています。

CDC事業部 西嶌漱介さん

——今日は村田さんと西嶌さんが取り組んでいる、文化財の複製についてお話を聞いていきたいと思っています。まずは、サンエムカラーが文化財の仕事を手掛けるようになった背景を紹介したいです。

村田 私たちのいるCDC事業部では、文化財だけでなくサンエムカラーの製版にまつわることをすべてやっています。しかしサンエムカラーの創業時には製版の部署はなく、オフセット印刷機だけがあって、外部からの依頼で印刷だけを請け負っていました。当時から創業者の松井勝美会長の経験をもとにした対応力や、高い印刷技術で評価されていたそうです。

 それから私が入社する1年ほど前、1998年にCDC事業部が開設されて、社内で製版ができるようになり、製版と印刷の連携でさらに高度なことに挑戦できるようになったんですね。当時はまだ床の間に飾る掛け軸などの複製品が売れていた時代で、そういったものを印刷していました。
 そんな中で、営業部に三浦啓伯さんという古文書や美術にとても詳しい人がいて、三浦さんと会長を中心に、他社ではやっていないような特殊な複製画などの提案を始めました。

——三浦さんは現在、サンエムカラーの仕事にも関わりながら、玄元舎という美術に関わる印刷物の編集制作をする会社を立ち上げられていますね。

村田 三浦さんは先進的な人でもあって、デジタル技術の導入に積極的で、新しい技術を取り入れて文化財の仕事を牽引していました。その評価が広まって、サンエムカラーが得意とする作品集や写真集などの美術印刷の仕事も増えていった、という経緯があったと思います。

箔や和紙の質感を再現した「利剣名号」

——では、実際の制作事例から、アーカイブと複製の仕事を伝えていきたいです。まずは「利剣名号(りけんみょうごう)」の複製についてうかがえますか?

「利剣名号」複製 展示風景
京都・百万遍知恩寺が所蔵する掛け軸。
第八世善阿空圓上人が後醍醐天皇より賜ったと伝えられている。

村田 百万遍知恩寺の寺宝である「利剣名号」はとても大きな掛け軸で、疫病を鎮めるご利益があるとされています。もとは祈願のために掲げられていたものですが、掲げたままだと痛んできてしまうため、限られた法要でしか用いられていませんでした。コロナ禍に入って、疫病退散の祈願のため、参拝する皆さんがお祈りできるように複製を作りたいと、先ほどの三浦さんに声がかかったんです。

「利剣名号」複製 原本照合(再校)

——校正しているところを見ると、その大きさがわかります。実際どのように制作していったのでしょうか。

西嶌 「利剣名号」の場合は、まず原本をお持ちいただいてスキャニングしました。使用したギガピクセル・アートスキャナは文化財のために開発された非接触型の大型スキャナで、精密で資料価値の高いスキャニングができるものになっています。

「利剣名号」複製 スキャニングの様子

 それをもとにデータを作り、プリントしていくのですが、目的によって複製の方向性は違ってきます。たとえば「利剣名号」のように法要で使われるものは、再現性が高いのはもちろんですが、年月を経てきた実物の状態よりも綺麗にしてほしいと依頼されることが多いです。一方で、美術館や博物館のための複製の場合は、現在の状態をそのまま再現することが求められます。

——何のために複製するかで、考え方が変わってくると。プリントはUVインクジェットですか?

西嶌 はい。「利剣名号」の文字は、金泥で書かれたものではなく、金箔を貼ってできています。原本の金箔の質感を再現するために、表面に金箔が貼られた和紙の上にUVインクジェットでプリントしました。

「利剣名号」複製 原本照合(初校)

——光沢が感じられる文字の部分は、紙地が見えているところなんですね。でも、時代を経たような古びた質感があります。

西嶌 紙の表面にインクを重ねることで、金の表情や質感をコントロールしています。金の色味も、テストを重ねてよりもっともらしい色に近づけていきました。

村田 古色の再現は経験によるところも大きいですね。あとは黒い紙の部分の質感を再現してほしいとのことで、和紙のざらついた質感もUVプリンタで作っています。


屏風仕立てや補修も手掛けた「標津番屋屏風」

——次は「標津番屋屏風(しべつばんやびょうぶ)」について紹介したいです。新潟の西厳寺にある屏風で、複製されたうちのひとつが北海道の標津町にあるポー川史跡自然公園ビジターセンターに展示されています。

「標津番屋屏風」複製 
江戸時代、北海道の開拓に派遣された会津藩の絵師が描いたとされる屏風。
実物は新潟の西厳寺に保存されている。

村田 「標津番屋屏風」は、あるとき標津町の文化財を担当されている方から「屏風を作れますか?」とお問い合わせいただいたのがきっかけです。
 この屏風はもともと、会津藩の本陣が置かれた京都の金戒光明寺にあったとされているもので、新撰組が京都を追われたときに持ち出し、北へ逃れて西厳寺に置いていったという経緯があるのだそうです。絵に描かれているのは標津の風景で、アイヌの人々と暮らしを共にする様子が描かれています。

——小舟からどっさりと魚(鮭)を降ろしていますね。土地柄がわかるユニークな景色です。

村田 この屏風は3セット制作しています。ひとつは西厳寺さんに、もうひとつは標津町のビジターセンターに。他には講演やイベントなどで見せられるようにしたいとうかがったので、そのような用途も踏まえて3セット作ってはどうですかと提案しました。

——先ほど西嶌さんが、複製の目的によって方向性が変わると言っていました。この場合はどんな仕上がりを目指したのでしょうか。

村田 細部までなるべく本物に近づけて再現することを目指しています。たとえば「標津番屋屏風」には細かい金箔が振られていますが、従来の複製では、実物とまったく同じ位置に金箔を貼るのはとても難しいことです。サンエムカラーでは、スキャニングしてプリントすることで、金箔の位置まで正確に再現できるという点を高く評価していただきました。

「標津番屋屏風」複製 制作過程
「標津番屋屏風」複製 制作過程

——ということは「利剣名号」と同じように、金属光沢のある紙にプリントしているんですか?

村田 そうです。プリント中の写真を見るとわかりやすいですね。UVインクジェットは凹凸や質感まで表現できるので、紙地に見える部分は越前和紙の質感を再現するデータを作ってプリントしています。
 屏風仕立てもサンエムカラーで請け負って、表具師さんに協力してもらって制作しました。京都ならではのつながりや、長年掛け軸などを印刷してきたのもあって、古くからいろいろな表具店とお付き合いさせてもらっています。

——仕立てといえば、「標津番屋屏風」は複製の制作とは別に、傷んだ実物の補修も請け負っていましたね。

「標津番屋屏風」補修前(左)、補修後(右)

村田 釘がボロボロになっていたり、背面に穴が空いてしまったりしていたので、そういうところを直してほしいとのことで、修復してお返ししました。これも最初に話した三浦さんが修復の技師さんのことをよく知っているので、一緒についてサポートしてくれています。

平台校正機による古文書の複製

——ここまではUVインクジェットプリントの事例だったので、他の複製の手法も取り上げさせてください。サンエムカラーでは古文書の複製も手掛けていますが、古文書には平台校正機を使うことが多いと聞いています。

村田 平台校正機というのは、オフセット印刷機を回す前に、確認用の校正刷りをするために使われてきた機械です。オフセットの版とインキを使って、本番に近い見本を作る平台校正というのは日本独特の文化で、海外ではあまり使われていません。最近は色校正自体がインクジェットに置き換わって、使われることは少なくなってきました。

平台校正機での印刷の様子

西嶌 プリンタなどオンデマンドの印刷技法というのは、文字のエッジを表現しにくいんです。古文書のように文字を複製するのには、現状サンエムカラーで扱っている技術では、平台校正機が一番向いていると考えています。
 この金沢文庫の「中御門経季書状案」も、まさに文字の再現性を念頭に置いて複製されたものです。古文書の場合は、文字の形状やトーンをいかに美しく再現しているかがもっとも重要で、そういったところを意識して製版や用紙の選定を行なっています。これは手漉き和紙に印刷しているのですが、普通のオフセット印刷機やプリンタに通すのは難しい紙だと思います。平台校正機は少ない枚数で本番の印刷ができて、紙を選ばないのもいいところですね。

金沢文庫の「中御門経季書状案」複製

村田 もともと古文書の複製には、コロタイプ(*1)を使っていました。平台校正機でコロタイプの技法を再現できないか、ということを考えてきたのがやはり会長と三浦さんです。

西嶌 コロタイプは既にできるところが希少になっています。その製版技法を翻訳してどのように残していくかというときに、デジタルの製版技術とオフセット印刷の刷版、それと平台校正機を使ってサンエムカラー内でやり方を確立していき、それが今に至ります。

村田 オフセット印刷でFMスクリーン(*2)に早くから取り組んできたことが大きいですね。サンエムカラーの独自技法であるFMスクリーンと多色刷りの技術で、精度の高い複製ができるようになりました。

——CMYKの4色分解ではなくて、紙の古色、文字の色など、版画のように特色を何版も重ねて印刷していくのですよね。

西嶌 文字の色は墨とグレー版の2色を使って表現することが多いです。あとは紙の古色を出すための版や花押ですね。花押というのは筆者のサインの役割をするものなのですが、本文とは違う色の墨で書かれていることがあるので、その場合はかなり似ている色であってもインキを変えて印刷することで、研究者が確認したときに別の墨が使われているとわかるようにしています。
 他に気をつける点では、たとえば虫食いの部分。虫が紙を食べた際に、墨が虫の唾液で液状化して、虫食い穴の縁に残っている場合があります。その部分は紙の古色ではなく、文字の色を出す墨やグレーの版に入れるようにします。
 古文書の複製は研究資料としての価値も求められるものなので、ビジュアルとして似ているかどうかだけでなく、わかる限りは版を混同させないことを意識しています。

村田 紙の汚れが墨を引っ張ったものなのか、紙自体に含まれていた塵や別の汚れなのかというのはルーペでよく見るとわかります。そういう部分の再現まで心がけて取り組んでいます。

*1)コロタイプとは、クロムゼラチンを塗布したガラス板に、写真ネガをあてて露光したものを版とする平版印刷技術。ネガに忠実で、網点を用いずに連続階調が表現できる。

*2)FMスクリーンは、オフセット印刷の製版方法のひとつ。従来の規則的に並んだ網点と異なり、微小なドットが擬似ランダムに配置され、その密度によって画像の濃淡を表現する。モアレが生じにくく、細かなディテールが表現できる。

文化財の仕事にたずさわる面白さ

——最後に、文化財の複製にたずさわるやりがいや面白さについて、それぞれ聞かせていただいてもいいでしょうか。

村田 先ほどお話しした「標津番屋屏風」のエピソードで、一昨年に3セットを複製したうちのひとつが京都の金戒光明寺で展示されました。江戸時代のゆかりある場所へ、100年以上経って複製となって戻っているというのは面白いことだなと思いましたし、とても嬉しいことです。文化財の複製にたずさわっていると、そういった面白いことや思いがけない縁がいくつもあります。それを楽しみながら仕事に取り組んでいます。

西嶌 私は大学で写真の勉強をしていたのですが、そのときに京都の便利堂さんが撮影した、法隆寺金堂壁画のガラス原板のことを知りました。法隆寺金堂の壁画は昭和24(1949)年の火災で焼損してしまったため、記録されたガラス原板が重要文化財に指定されています。
 それは、自分が今取り組んでいる仕事にもつながると思っています。文化財を後世に残していく仕事ができるのはありがたいことですし、いつかサンエムカラーの手がけたアーカイブや複製、それ自体が文化財として評価されて受け継がれていくものになればと思っています。

取材・執筆:野口尚子(PRINTGEEK)
インタビュー撮影:隅野真之介(サンエムカラー)

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