社長秘書の悩み相談
前回
あれから1週間。
今でも蒼野樹生からの鬼のような着信は続いている。
駅で待ち伏せされ、一方的に話しかけられる日もあった。
通勤時、視線を感じることもある。
昨日は耐えきれなくて、とうとう電話番号をブロックした。
朝、社長にコーヒーを出すときにも、つい大きなため息をついてしまった。
「どうしたの?顔色が優れないよ?」
社長が心配そうに、顔を覗き込む。
「ちょっと心配事があって…でもプライベートなことなので。顔に出してしまい、申し訳ありません」
「だいぶ思い詰めているように見えるけど。話聞こうか?」
社長を心配させてしまった。あー、秘書失格!
「とりあえず話してみなよ。秘密は守るからさ。この部屋なら誰も聞いてないから。ほら、そこに座って」
社長に勧められるまま、ソファに座る。
反対側のソファに社長が座った。
「で、どうしたの」
言うかどうか迷った。しかし、ここまでされて、言わないわけにいかない。
「実は…元カレからしつこく電話がかかってきてるんです。1日100件着信があった日もあります。退勤時に待ち伏せされて、一方的に復縁の話を持ち掛けられました…私にその気はありません。ただ、この状態が続くと、私が参ってしまいそうで…」
歯切れ悪く、話をしてみた。
「そうか…あまりに続いたり、状況がひどくなるようだったら、会社でも対策を考えるから言ってよ」
「いや、会社で対策立ててもらうには、恐れ多いです。それに元カレ、社員なので…大きくことを荒立てたくないのです」
すると、社長はしばらく考えてくれた。
「じゃあ、今は様子見かな。ひどくなったら僕に言うこと。わかった?」
戸惑いながら、私は頷いた。
「わかりました。お時間いただき、ありがとうございました」
席を立とうとしたとき、社長が何かを思いついた。
「そうだ!ゆにバーチャルスタジオジャパンを作ろう!」
へ?
どういうこと?
この人は何を言っているの??
「映画をモチーフにした、テーマパークを作るぞ!」
「いや、それだったらあの有名なUSJがありま…」
「さっそく、お先します部に連絡だ!」
「いや、ちょっと待ってください!困ります!」
社長はもう内線をお先します部につなげている。
「あ~もしもし、蒼木くん?私だけど。ゆにバーチャルスタジオジャパン、略してゆにバを作るぞ!」
内線の向こうは蒼木部長のようだ。
おそらく戸惑っている。
「どういうのかって?映画をモチーフにした施設。アトラクション満載で、季節ごとにパレードもある」
やだ、予想以上に具体的じゃない!
これは、話を進められたら困る!
私は意を決して、社長から受話器を取るべく席を立った。
「え?本気だよ。君たちならできるよね?え、ちょっと、ゆにさん、何してるの」
「社長、電話変わってください。困ります、ホントやめてください」
やっとの思いで、受話器を奪った。
「あ、蒼木部長。すみません、今の話はなかったことに。…ええ、保留じゃなくて中止です。中止。よろしくお願いします」
勢いで受話器を置いた。
社長が面白がってこちらを見ている。
「あーあ!ゆにバーチャルスタジオジャパン、半分本気だったけどな」
「やめてください社長!そんなの作られたら困ります」
「でも今ので、悩みが少し吹っ飛んだでしょ?」
え?
きょとんとしたら、無邪気に社長が続けた。
「少しは気が晴れた?」
「…はい。少しだけ」
「それならよかった。とにかく、君には笑顔でいてほしいから。間違えて驚かせちゃったけど」
いや、驚かせるどころか、社員を巻き込んだよ?と突っ込みたいところだが、こらえた。
「とにかく、何かまた動きがあったら知らせること。わかったね?」
社長が念を押した。
「はい、わかりました。ご心配おかけして申し訳ありません」
(…しかし、ゆにバーチャルスタジオジャパンって。上手いことよく考えたよね?)
内心感心している私をよそに、社長は冷めたコーヒーを口に運んだ。
ゆにバーチャルスタジオジャパンが誕生しそうになった話
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