『断絶』

『断絶』
何かが始まって、そんですぐ終わるような生活にはとうに嫌気がさしていた。
自分の感情を雑に上げたり下げたりすることは、とてもじゃないが良いこととは思えなかった。
擦り切れてバチバチ音を立てる僕の心臓は休息を求めていた。
だから、期限を決めて家に引きこもることにした。一週間経ったら外に出る。それまではただ部屋にいよう。
やることはそれだけ。


初めの日、僕は一日中歌をうたった。ステレオからミュージック、それに合わせて低い声でうたった。でもなんでか何も変わらなかった。僕の中身はカラカラだったはずなのに、何かで満たしたいと思わなかった。少し冷たい木製の床と日当たりの悪い部屋が雰囲気を良くしすぎている。まるで映画みたいだなって思ってしまうくらい良かった。
でもそれは最悪だ。
僕は心の底から萎えてしまった。


次の日、ちょっと庭にはでてみた。
庭には小さなばらが咲いていた。手持ち無沙汰な僕はその棘に指を押し当てた。
ズンズン痛みが飛んでくる。その痛みは夕映えのように切ない。それで涙を流した。
午後にはまた部屋に戻った。なにか食べようと思って、冷蔵庫をあさると大きくて分厚いハムが。桃色と目が合った。そんでちょっと焼いて食べてたら、なんで薔薇ごときで泣いたんだと思い始めた。先程のことは夢であって欲しいと思った。だって一人で泣いちゃって恥ずかしい。なんで泣いたんだろう。


次の日、目が覚めるとまだ外は暗かった。何となく窓の外を眺めてると大きな蛾がやってきた。蛾は僕にそっと囁いた。

「田舎の高校生に、生まれたかったよ僕は。」

彼は僕とおんなじだった。
何かが欠けている理由を過去の事実に押し当てている。
ちょっとムカついて僕は蛾にデコピンした。そしたら蛾は急いで逃げた。何だか家にひきこもってから初めて何かを成し遂げたと思った。
悪くない。


次の日、お昼ごはんを食べたあと詩を書いてみた。たったの9文字の詩。でも何だか声に出してよみたくなるやつ。

『猫、さわっても大丈夫。』

うーん、なかなか良い。
もしたまたま外を歩いてる時向かいから僕の好きな人が歩いてきて、そっとこんなこと言ったらきっと好きになってもらえると思う。
調子が良くなってまたちょっと部屋でうたった。ボサノヴァとかジャズを適当にうたう。サックスのパートを声に出してみたりなんかもした。


次の日、朝起きて昨日書いた詩を見た。
酷すぎる。
意味が分からない。なんのメッセージもない。メッセージがないことが良い方に倒れてもない。ぐしゃぐしゃにして、怖くなって布団に逃げ込んだ。誰かに追われてるような感覚で、でも布団の中は安全だと思えた。
ちょっと経ってふと隣を見るとあの大きな蛾がいた。俺はこっちに来るなとやつを牽制したが、蛾は全く動じず、

「正解正解正解正解正解…」

と呟く。
ほんとに消えてくれ。
徐々に声は小さくなり蛾はいつの間にか消えた。が、その夜は全く眠れなかった。
天井が果てないほど遠く感じて、そこは気持ちの悪いだだっ広い空間。それでいて電球はそばにある感じで非常に気味が悪い。


次の日、もう我慢できない。
夕方まで部屋にいて、夜になってから庭に出たけどとにかく何も満たされない。不感症といったら簡単だけどそんなんじゃない。
あの小さいばらはどこを探しても見つけられなくてとっても不安になった。
何も手につかない。何もしなくていいのに。


最終日、あらためて色々自分について考えた。
はじめてゴーカートに乗った日、
はじめて食べ物を残した日、
はじめて笑った日。
これまで人前に出ることはとっても嫌な事だったし、人前でご飯を食べるなんて出来なかった。
でもいつの間にかそんなことなんとも思わなくなった。大切な感覚を失ったんだ。
生きやすくなったけどこれじゃもう生きてる意味が、、、ねえ。

「誰だよ俺を殺したのは!!」

あ〜ほっぺた、ぷにぷにゅ。
靴を磨いて次の日に備える。それで、大丈夫。
毎日靴を履くために外に出かける。

何かを始める。

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