見出し画像



寒さが一気に深まったころ。その人は運ばれてきた。


自宅で心臓が止まってしまって卒倒したけれども。医療知識のない高齢の夫に心臓マッサージを期待するのは酷なことだと思う。

救急隊が到着し蘇生処置が開始され。病院に到着し。蘇生が続けられて心臓の動きが戻った。戻ったけれども長く止まっていたため。酸素を受け取れなかった脳は深刻なダメージを受けた。


人工呼吸器に繋がれて静かに眠るその人の傍で。手を握りながら座る夫の背中はとても小さく見えた。


″ご飯作ってくれる人がいなくなっちゃうな″


そう呟くように話したその人の夫は。こちらの胸が締め付けられそうになるくらい寂しそうに笑っていた。


昨今のSNSの価値観からすれば。妻におんぶに抱っこで家事をやってこなかったこの夫は叩かれるんだろう。


でも。そんなことは微塵も頭に浮かばないほどには。そのご夫妻の仲の良さと、夫の人柄の良さが。小さく丸まった背中と。そっと優しく妻の手を握っている両手と。寂しそうな笑顔とに。表れていた。


そのお二人について何も知らないのにも関わらず。その関係性を評価するようなことは野暮だと思う。

まもなくその人の心臓は再び止まるだろう。年を越すことはないであろう。


人の良さそうな夫は涙を見せることはないけれど。いつも寂しそうな、でも穏やかな表情で。


この人の先の日々はどうなるんだろう。そう考えることもあるけれど。子どもたちに愛されてる様子のこの人が孤立することはないだろう。


面会から帰っていく小さくなった背中を見送るたびに。幸あれと願う。


病院ではよくある光景。


でも。その家族にとっては大きな喪失であり人生の一大事であり。


慣れてしまわないように。


この出来事を綴る。



だて。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?