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宇宙の調和あるいは空虚なテナント

 あたくしの住む近所には、ちょっとした商店街があるのだが、まあ、こういうご時世でどこもそうなのかもしれないが、近年、実に商店の入れ替わりが激しい。あ、こんなところに唐揚げ屋ができた、あ、こんなところにタピオカ屋ができた、と思っていると、次に通ったときには、もう、シャッターが閉まっていて、ああ、唐揚げ屋とタピオカ屋はもうつぶれたんだな、と思う。そして、いつの間にか、それぞれがホルモン焼き屋と食パン専門店になっている。そして、新しい店ができてしまうと、なぜかその前が何の店だったかどうしても思い出せない。

 このように、一軒の店がつぶれると、たいてい間髪をおかず、何やら内装工事みたいなのが始まり、しばらくすると、前に花輪がいっぱいおかれた店がオープンする。よくそんなうまい具合にすばやくそこで店をオープンしようと意図する人が現れるものだなといつも不思議に思うと同時に、これを宇宙の調和というのだな、と一人感嘆していた。

 だが、その調和からはずれた店舗が存在するのだ。それは商店街と国道をはさんだ向かいの、一階がドラッグストアのテナントビルの二階に存在した。おそらくもう三年以上は窓ガラスに「テナント募集」の張り紙がなされたままである。駅前の国道沿いという好条件にもかかわらずである。そこは以前海鮮居酒屋であった。なぜ三年も前の店舗を記憶しているのかというと、あたくしは、その海鮮居酒屋、店名は忘れたので仮に「大漁」としよう、その「大漁」の常連であったからだ。価格も手頃で、料理も、まあ、そんなめちゃうまいというわけではないが、別に普通で、メニューも豊富だったので、近所で知人と飲む際は、必ずその店へ行っていた。店長とも顔見知りになり、行くと必ず次回の割引チケットをくれたものである。

 なので、「大漁」が閉店した際には、むちゃショック、というほどではないにしろ、少し寂しく哀しい気持ちになったものである。
 その二階はあたくしが記憶する限り、「大漁」の前も、その前も居酒屋だった。それ系の知識はないのでよくわからないが、おそらく居酒屋向きのスペースなのだろう。「大漁」の前もその前の店も、「大漁」ほどではないが、何度か利用したことがある。どの店も居心地がよかった。つまり、そのビルの二階はおそらくあたくしの波動に合っていたのであろう。
 
 あたくしは、そのスペースにまた新たに居酒屋がオープンのするのを心待ちにしているのだが、先に述べたように、駅前の国道沿いという好条件にもかかわらず、もう三年以上、空き家のままなのである。

 そのあたくしの波動にフィットしたテナントが、いつまでも埋まらない、つまり宇宙の調和からはずれているというということは、つまり、あたくしの存在自体が宇宙の調和からはじき出されていることではないだろうか。ある猛暑日に信号待ちをしながら「テナント募集」の張り紙を目にした瞬間、ふと、そんな考えが頭に浮かび、うだるような暑さの中、心に冷たい風が吹き抜けるのを感じたのである。何の店でもいいから早く埋まってほしいものだ。ビルのオーナーでもないあたくしは密かにそう願うのであった。(了)

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