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毎日の送迎。

田舎暮らし故、娘を街の中学校まで往復約1時間かけて送迎するのが日課である。朝と夕合わせて2時間ほどの運転だ。

単調な道のり、刺激に飛んでいるとは言い難い日々ではあるが、だからこそ季節ごとの風景やちょっとした変化に気づきやすいこともあるというものだ。

その「ちょっとした変化、発見」を3つほど書きたいと思う。

【農道の直売】

街に出る場合、地元の人間は県道を通らず、農道を使ってショートカットするのが常なのだが、その農道には地元の農家による直売コーナーが点在している。季節の野菜が100円で手に入る。午前中には大概売り切れて、はためくノボリも、娘のお迎えの頃には畳んでしまわれていると言った具合だ。

点在する直売コーナーの中でも、毎日多種多様な野菜を置くところもあれば、気まぐれのように山菜をちょこっと置く程度のところもある。

農道の中でもいちばん人気の直売コーナーは、ほぼ毎日欠かさず朝8時ごろには既に様々な野菜が置かれていたのだが、最近になって、私が朝の送迎を終えて帰ってくる9時ごろにおじさんが並べている姿を見ることが多くなった。
「朝は寒いから、遅めにすることにしたのかな」
人見知りの自分はなんとなく、軽トラの側に車をつけておじさんの横で野菜を物色するのが気恥ずかしく、すうっと通り過ぎてしまう。
見るだけ見て、やっぱり今日はいいかな、となった場合におじさんに申し訳ないような気がするからだ。

そうこうするうちに、直売自体が開かなくなってしまった。もう一週間近くなるだろうか。
体を崩してしまったのか、それとも野菜がうまく育たなかったのか。

知らないうちに送迎や通勤、通学で通る人たちの心の拠り所になっていたのかもしれない。
復活を待つばかりである。


【迂回路の模索】

農道から県道へ戻り、バイパスを渡りトンネルを抜けると今度は大きな川にかかった橋を渡るのであるが、その橋は現在大掛かりな工事をしており、工事用の信号では下手をすると2分以上待たされる。朝の慌ただしい時間の2分は大きい。また、橋の長さを超える車の数が並ぶこと自体が不可能なので、迂回せざるを得ない。
どこかの段階で川を越えなければいけないのであるが、試行錯誤しているうちに、雑木林の中を通る道があることを知った。木立を抜けると川にかかる橋に出る。直進すると、いつもの通学路に出る。
私はこの道を、風景をいたく気に入ってしまった。今は寒々とした景観ではあるが、これから春になったらどんなに美しい光景が広がるのだろうと今から楽しみである。工事が終わった後も、時々この道を通って四季折々の風景を眺めたいものである。


【バス待ちの男の子】

娘の通う学校に着く直前の通りに、特別支援学校のバス停がある。毎朝、児童生徒やその家族がバスを待っているのだが、毎日何度も通っているうちに見知る顔もある。
娘が中学一年生の衣替えの日、同じくバス待ちの間にお母さんが息子の夏服姿を写真に収めているのが目に入った。入学して初めての夏服姿を記念に撮りたいと思ったのだろう。それを見て、この男の子はおそらく娘と同学年の子であろう、と私は思った。
それから一年以上が経った今日、娘を無事に送り届け帰宅する途中、まだバス待ちをしているいつもの男の子が私に向かって手を振ったのである。私自身はずっと前から認識をしてはいたが、向こうも「いつも通る車だ」と認識していてくれたのだと嬉しくなって、運転中で手は話せないながらもにっこりと笑顔で返した。
次もあの男の子は、私に手を振ってくれるだろうか。



専業主婦として、代わり映えのない毎日に正直飽き飽きするときもある。
だからこそ、何か小さなきっかけが関係性や心に変化をもたらすのだと私自身実感した。
退屈だ、つまらない、と投げやりにならず、そういった小さなかけらを見落とさないような姿勢でいる努力も必要なのだと思った。



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