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引きこもりは異世界転生の錯覚を求める~大谷資料館地下採掘場跡

僕は、外に出ることが嫌いだ。性根から無気力で面倒くさがりだから。


けれど、数年に一度くらいの頻度で重い腰を上げて、一人旅に出かける。異世界転生できない日常に絶望して、少しでも非日常を味わいたくて外に出る。


見たことのない景色を求めるなら海外へ行くべきなのだろうが、鉛のように重い腰が国際線に乗るはずもない。


国内で、しかも公共交通機関のみで行ける範囲が限界。そんな制約のなかでもっとも非日常を見せてくれたのが、大谷資料館だ。


栃木県宇都宮市にある、大谷石の採掘地。かつては「未知なる空間」と呼ばれ、一般には秘匿されていた場所。

宇都宮駅から30分の有名ロケ地

大谷資料館へは、JR宇都宮駅からバスで30分ほど。大谷エリアでは、至るところで鋭利さを感じる岩肌が露出しており、帝国ホテルにも使用された建材「大谷石」の産出地として有名だ。

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大谷資料館には石切場で使われた品々も展示されているが、最大の見所は地下採掘場跡。
そこは、圧倒されるほどの地下空間。直線的に切り取られた石切場が、幻想的にライトアップされている。

戦争遺跡や観光地の洞窟など、自然由来の地下空間に入った経験がある人も少なくないと思うが、その比ではない。野球場が一つ入るほどの地下空間に足を踏み入れれば、その壮大さから異世界へ足を踏み入れた錯覚に身が震えるはずだ。

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その幻想的な雰囲気から数々の映画やミュージックビデオでロケ地として使われているので、邦画・邦楽好きは知らず知らずのうちに地下採掘場の風景を目にしていると思う。国内でも有数のロケーションであることは間違いない。

仄暗い歴史からフォトジェニック空間へ

迷宮然とした構造に、意匠を凝らしたライティング。

浮かび上がる地下空間は、伝説の武具を祀る古代神殿のようにも見えるし、文明が滅びたポスト・アポカリプスの世界にも見える。

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実際に奥には多くの隧道が残されているそうで、見えているのに行けない場所もある。RPGのダンジョンで経験したことをリアルで体験できるわけだ。


五感すべてで実感できるファンタジーやSFの雰囲気は、VRでは味わえない感動だ。
この魅力は、精緻に直線的な空間や効果的なライティングなど、理屈として説明できる要因から成り立っているのだと思う。


けれど僕は、仄暗い歴史があるからこそ、独特の魅力が際立っているのだと捉えている。


地下採掘場跡は第二次大戦中、陸軍の秘密倉庫や飛行機の軍需工場として使われた過去がある。


石切場としても、江戸時代中頃から1960年頃までつるはしを用いた人力で石切が行われたという。


今のように電気を通してライトアップできた時代ではない。本物の暗闇が支配する空間で、血の滲んだつるはしを振るった人々や、戦争のために働く人々がいた。

その時間に思いを馳せると、むき出しの壁に情念が染み付いているように感じられる。

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ただ美しいだけの場所ではないと知ることで、よりポスト・アポカリプスの近未来に投げ込まれた錯覚に浸ることができる。 


同時に、文化史跡として厳密に保管する案もあっただろうに、負の歴史を押し出すのではなく、フォトジェニックなエンタメ空間として仕上げた「しなやかさ」にも惹かれる。


世界で僅かに生き残った人間を疑似体験するか、異世界転生を果たした幻想を抱くか。いずれにせよ、非日常に焦がれて旅に出るには最高の場所だ。

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