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ユタカとサチ

「ずいぶんと貧相な身体つきだね」
「貧弱な考え方じゃないかな」
「お前大貧民だから早く強いカード二枚よこせよ」
そんな言葉を投げつけられるたびに自分のユタカという名前が嫌になるんだ。べったりとこびりついた油っこいミートソースみたいに落ちない呪いだね、名前ってやつは。なんて話を目の前のサチという女にしている。30分前に初めてバーのカウンターで会った人間に。
「でも私の名前を聞いた時も幸薄そうなのに、って思ったんじゃない?」
ユタカは遠慮なく大きくうなづいた。バーで会ってもう会うことがないかもしれない相手に遠慮することはない。そういった遠慮がないところがバーのいいところだ。
「でもね、そういったラベルをはがしていってもキリがないと思うの」
「ラベル?」
「そう、ラベル」
サチは親指で紙切れをはりつけるふりをした。
「親がこう生きてほしいと思ってつけた名前も、この性別ならこの年齢ならこういうふうにしなさいという戯言も全部他人から貼り付けられたラベルよ」
「はがせばいいじゃないか、そんなもの」
「ユタカだってはがしたんでしょ、そしたらどうなった?」
少しうろたえたのを誤魔化すようにウイスキーを口にする。はがしたっていつのまにかまたはりついて離れない、結局自分がその事を気にしている限りラベルはずっとくっついたままだ。
「だからね、ラベルでベッタベタなまま歩いていくの。それが豊かさや幸せの秘訣」
「でもそれって惨めじゃないかい。俺なんか値下がりした投資信託のことが気になってユタカってラベルが辛いよ」
「そのままでいなさいよ、バイ&ストロングホールド」
サチはユタカの上腕をぐっと握った。さてどうしたものかな、とため息をつくようにグラスの氷が音をたてた。


#ゆたかさって何だろう

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