女の敵は女だし呪詛ってオケな世の中だし
結婚する直前の数年間、私は某一流商社で働くことができた。どの人も優秀で人柄も良く、お酒が好きで、勉強も好きで、エネルギッシュで根明な人ばかりだった。
夜を徹して世界を股にかけて億を稼ぎ出す人々のために、できる仕事を一生懸命すると、とても可愛がってくれた。働いていた期間で一番楽しかったし、あの頃そこで「働くことは楽しいことなのだ」と実感できなかったら、私は一生「働くことは地獄」としか思えなかっただろう。
私は貿易事務という仕事しかできない。その都合商社にたどり着いたのだが、商社にたどり着く人にはもう1ルートあると、入ってから知った。「絶対に商社マンと結婚して駐在員の妻になりたい」という意志がある女の子が非常に多いのだ。(実際大昔は事務職の採用=社員の奥さん候補の採用だったと上長は言っていた。)
一緒に働いていた関連部署の女性で、社員のみんなと仲の良い私を目の敵にする人がいた。しまいには「あの人は〇大卒で国家資格の〇を持ってるから仲良くしてもらえているけど、あのバカそうな顔でそんなはずはない。うその経歴に決まってる」と私に関するデマを流そうとして、上長にきつく叱られ、1年くらいで退職していった。
その女性は私より10歳くらい年上の独身だった。幼稚園から白百合で、皇族も輩出している英語専門学校卒という上流階級的には最高峰の経歴だ。しかし本人的には専門卒というコンプレックスが強かった。十分働いているし、ご実家が太いのだから、そんなにコンプレックスなら四大に入り直せばよいのに、お嬢様はそんな歯をむき出しに爪を立てて生きる人生を望まなかった。「どこかの商社にいれば、きっと偶然商社マンと恋に落ちて、見事なハイスぺ婚を果たせる」こう信じて、商社ばかり何社も勤務してきた。
実際の彼女は非常にメンタルが弱く、自分が敵わないと思う同僚を一方的に敵対視して、一人で喧嘩に挑んで勝手に負けを感じて落ち込んで、PMSだ~生理痛だ~と月に半分くらいしか出社しない体たらくで、無論男性の誰からも恋に落ちてもらえなかった。そしてその現状に傷つき、より一層メンタルを弱めるのだった。
私が独身の頃なので、およそ10年前の出来事だ。その頃は出会い系サイトと呼ばれる清くない交際を勧めるサイトはあったものの、今のように正々堂々と結婚を目指すマッチングアプリなどなかった。
今のように交際相手に望むスペックを言語化して表に掲示するなんて、浅ましいと謗られる行為だった。ほんの10年でまるで変わった。今では婚活はアプリを使って当たり前だし、その進捗をいちいちツイートするから、その人はどんなスペックの人と出会おうとしているかすべてあけすけになっている。
あれこれ嫌な目に遭わされたが、私は今でも、あの人は結局結婚できたのかと気になっている。時代が彼女に追いついていなかったのであんな感じになってしまったのではないかと、かわいそうに思うからだ。
あと10年後であれば、商社マン狙ってます!と声に出してもいい時代になってるし、私自身実家極太でお嬢様環境育ちで、富裕層の奥様に向いてます!と自分から言っても問題ない。
私は今43歳なので、彼女はもう53歳くらいだろう。その後どう過ごしているのか、先日商社マンたちと久々に再会したが、何も情報を得られなかった。
この週末、とても残念なツイートがバズっているのを目にした。
学生時代からの親友と思っていた子にLINEで結婚報告をしたら未読無視され続け、一年間あれこれ別の言葉を送っても反応がなく「もういいです」とブチ切れてしまった新婚さんの女の子のツイートだった。
私にも私の結婚を「けっ」と面白くなく感じて舌打ちしてたらしい人が何人かいたので、きっと大きくくくればツイ主は仲間なんだと思う。
ただし彼女がバズってしまったのは、そのメッセージに要らない呪詛の言葉を添えてぶん投げたからだった。
「人の結婚を祝えない人なんだね」「そんなんじゃ、仮にあなたが結婚しても幸せになんてなれません」「だからあなたの幸せを祈ってるなんて前言は撤回します」
まるですべての幸せを掌握する幸せの伝道師にでもなったかのようなお言葉で、アタシが下した詔ですから、あなたは幸せになれませんなんて、もうこれは呪いの言葉だ。
呪いの言葉をこんなカジュアルに発する魔術師みたいな女を配偶者した人は「理解ある彼君」に化する魔術にかかっているのだろうか。
一体結婚することは、そんなにも目指すべき素晴らしいステイタスだろうか。
ゼクシィやたまひよにはゆめゆめ書かれない事実だが、『既婚女性/子持ち女性』という存在になるだけで、それまでのキラキラで無敵なアタシのステイタスから、社会的には一気に引きずりおろされる。
仮に20-30代でも、既婚というだけで、即妊娠をイメージされる。すぐ辞めるだろうから新しく雇いたくないと露骨に言われるので、妊娠なんかしません!とすごくしたい人もそうでない人も声高に言わなくてはいけない。
その後めでたく子供を産んで、子持ち女性になったとする。その場合もっと地獄だ。
「ああ無能でどんくさくて、近所の安売り情報には異様に詳しいけど、特に何知ってるわけでもない、ものぐさなデブでテレビの前でお尻かきながらせんべい食べてミヤネ屋みてそうな無知なおばさんか」くらい酷いレッテルを、勝手に貼り付けられる。私はたまたま英語ができて国家資格を持っていたので、ブランクが10年あっても外資系企業に就職することができたが、日系企業は既婚女性を取ろうとしない。職場の華になってくれないおばさんに価値を置かない。日本において既婚女性のステイタスは低い。それなのに、婚活女子たちはせっせと既婚女性になろうとしている。そんなに良いものじゃないよ?大丈夫そ?
やっと得た自分の思う憧れの幸せの世界に到達したとしても、そこは本当にただの入り口だ。
その環境で出会った人はもちろん一生同じペースで人生を歩むわけではなく、妊娠のタイミング、出産方法、子供の健康、成長、進学、義実家との関係、実親との関係、すべてまちまちだ。そのたびに呪詛の言葉を投げ、思い通りの友達でない人は一人ずつ絶縁していくのだろうか。
人生は、上手くいかなかったときにどう対応できるかにかかっている。
思い描くイメージが強い人は、いつまでも理想にすがってしまいがちだ。しまいには他人のうらやましい面を憎んだり、思い通り動かない人に呪詛の言葉をかけたり、みんな嘘ついてると思い込んだりもする。
交際相手に望むスペックを言語化して表に掲示するのが許される世の中では、昔であれば浮かんでも心の中の黒マジックで消していた呪詛の言葉まで表に出す世の中になってしまったのかと、バズツイートを目の当たりにして震えてしまった。
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