悲しき、未熟者

 私は、人間社会で生きるのに、それに相応しい能力を身に付けていないと所々で痛感する。

 帰省して高校の旧友と久々に酒を酌み交わした際のこと。訪れたのは、これまた高校の旧友が家族で営む居酒屋であった。彼とは久しく会っていない。
 その人とは高校時代に野球部として共に汗を流し、苦しみを分かち合った友であった。
 出迎えてくれたのは、その母であった。母にも大いにお世話になった記憶がある。しかし、ここで私の悪癖がここぞとばかりに炸裂した。

 自分の身の上を隠して席についたのである。急行列車で地獄へ向かう未来がまざまざと見えた瞬間であった。
 申し訳なさを自覚している身の上、心拍が早まる。その時、共に汗を流した旧友が料理を運んできた。急な再会を喜びつつも、胸の支えはとれなかった。

 しばらくすると、母が卓にやってきて声をかけてきた。私はどきりとして、ぎこちなくやりとりをした。
 「覚えていらっしゃったんですね」
 「当たり前じゃない。ずいぶんと肌が白くなっ
  たわね」
 「外出の機会が減ったものですから」
 「息子とゴルフにでも行けばよいのに」
 「仕事が忙しいもので」

 高校時代の話をした後、彼の母は厨房へと戻っていった。いっそ来ないでくれた方が気が休まると思ってしまうあたり、人間として生きるに足る資質をこればかりも身に付けていないと痛感し、自分を恥じた。

 店の海鮮は実に美味であり、我々は舌鼓を打った。店を出る時、厨房で給仕に勤しむ彼の母に一言添えて帰るべき、と健全な人間性が尻尾を出したにもかかわらず、私はそれを拒否した。見送りに出た旧友と少しばかり言葉を交わして店を後にした。

 終電に身を揺られる時分、後悔は消えていない。

 ああ、夢破れて後悔あり。

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