破廉恥憧憬紀 十

 聖なる前夜はクラブ活動が原則禁止となり下校時刻が早められる。これは、恋に溺れる諸姉の暴走を防ぐために編み出された策の一つであり、本校教師の私生活を確保するためのものでもあった。かつてはクラブ活動後に校舎内に忍び隠れる生徒の対応に深夜まで追われることもあったようである。そう語る大貫はもはや我々の味方のようであった。この鞍替えぶりは甚だ不気味だが、まあよしとしよう。
 「ここはまず見つからない。物置になって久しいし、私がここで教材研究をしていることは他の先生方に周知の事実だ」
 「助かります」
 「私がするのはあくまで人払いと黙認だ。それ以上はできない」
 「充分です。警備の突破させできてしまえば何とでもなります」
 そこに高島が空手で入ってきた。「いやあ遅くなって申し訳ない」
 「購買に昼飯を買いに行ったのではなかったのか」
 「粘ったんだがね。手遅れだったよ」高嶋は肩をすくめて言った。
 今日はここが拠点となる。我々は大貫の人払いを待って暗躍を開始する。
 「さてさて」と言って高島はリュックから桃色雑誌を取り出した。
 「お前な、大貫先生の前だぞ」
 「興奮を抑えるので必死なくせに」
 「やかましい」
 そうは言ったものの、これはなかなかにエロティックである。コンビニで拝む機会が減ったこともあり斜陽だと思われていたが、まだまだ問題なさそうだ。
 無言で手を伸ばす私を高島は「こらっ」と叩いた。同じように手を伸ばした大貫を私は見逃さなかった。こいつ、ただの変態生徒指導担当である。
 高島は仰々しく言う。「エロには神が宿るのです。こちらには御祭神として今宵我らの英姿を見守り導いていただきます。明るい前途はすでに決まっているのです。さあ、祈りましょう!」
 我々は桃色雑誌に心願を立てるという奇妙な経験をした。傍から見ればとんだ変態集団だが、我々に目を向ける者などいない。それが現実であり、我々はそれを半ば受け入れていたのかもしれない。
 「では、放課後に再びここで」ここに英雄の一歩が踏み出されたのである。

 教室へ戻る途上、我々は最後の作戦会議を行った。
 「役割分担が必要だな」高島はまだ手を合わせていた。
 「もう拝むな。すでに加護はついている」
 「じゃあ俺は準備係、君は回収係だ」
 高島の提案を了承したところで、担任の寺内先生に呼び止められた。
 「君たち、放課後は暇かな?」
 寺内先生は困惑する我々を怪訝そうに見ながら続けた。
 「あの、放課後に手を借りたいんだけど…」
 「寺内先生、ご存じないんですか?」
 「え? 何が?」
 「下校時刻が早められるのは…」
 高島は咄嗟に私を制止し、即座に会話の主導権を制圧した。
 「寺内先生、ご存じないんですか? 我々を借り出すにはそれなりの報酬をご用意いただく必要があることを」
 「え? そうなの? 知らなかった!」
 「報酬は我々が納得すれば如何なるものでも構いません。いかがでしょう?」
 「どうしよう! えっと…じゃあ…購買おごる! 何でもおごるし取り置きしておく!」
 「最高です。承りましょう」
 「おい…!」遮ろうとした私を彼は再び制止した。
 「やった! じゃあ、放課後よろしくね! 午後の授業遅れないようにね!」
 寺内先生が去ったあと、私は抗議した。
 「阿呆か貴様は! 聖戦と昼飯など、天秤にかけるまでもないだろう!」
 「私が考えもなしに動くわけなかろう」

(高島の釈明)
・下校繰り上げ措置の真意を知らなかったであろう寺内先生に対して、こちらからそれを明かす必要がなかったこと。
・寺内先生の提案が校舎内に留まる正当な理由と責任逃れの根拠を我々に与えたこと。
・昼食が確保されたこと

 「大貫が人払いをするから、そこまで時間はかからないはずだ。人払いが済むまでの暇つぶしと思えば丁度いいよいだろう?」高島は得意げだった。
 「確かに、それも一理あるな。しかし随分と他人行儀だな」
 「私には作戦準備がある。君一人で頼むぞ」
 「俺はもはや共同遂行者ではなくお前の駒だな」
 「心外だな。作戦遂行を目指す想いは変わらん」
 「冗談だよ。準備は頼んだぞ」


 一体、いつになったら作戦決行できるのだろうか。
 いささか長すぎやしないだろうか。
 そろそろ、よいのではないか。


 

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