破廉恥憧憬紀 二

 高島との出会いは高校一年に遡る。

 ともに野球部として練習に明け暮れていた我々は、監督や先輩に対して日々増幅する憎悪を発散する場もなく持て余し、それを実に捻じ曲げられた形で誤った方向に放ち続けていた。
 有り体に言えば、我々は揃いも揃って女子生徒のスカートの中を追いかけていたのである。ある時は風のいたずらを祈り、またある時は階下で参考書を片手に勉学に勤しむ学生を演じることもあった。
 これは我々の聖戦であった。

 我々を不審がった女子生徒に責められた際は、党同伐異の反撃をお見舞いした。内容は言えぬ。

 春休みを前に急激な冷え込みを見せた高校一年の二月。我々はある計画を実行に移そうと、学生食堂で最終の戦略会議を行っていた。
「高島よ、いよいよこの時が来たぞ」
「浮かれる者たちをこのふっかけの如く吹き飛ばしてやる」高島は風花が舞う窓外を指差し、得意げに言った。
 周囲は睦み合う男女でごった返しており、今にも桃色遊戯がおっぱじまりそうな者たちもいた。しかし我々はバレンタインごときで浮かれるような不躾な男どもではない。

 我々の計画は至って単純である。二月十四日に我が校を飛び交う有象無象のバレンタインチョコたちを回収し、金属バットで撃ちまくるというもの。名付けて、「バレンティンチョコ大作戦」である。希代の長距離打者、元ヤクルトのバレンティンの名を冠したこの作戦は、彼の魅せる放物線の如く我々の心を躍らせた。
 我が校では二月十三日を「聖なる前夜」として神聖視する悪しき風習が継承されている。これは、ありったけの想いを込めた自作のチョコレートを「聖なる前夜」に思慕する人の机に押し込むことで、その想いが成就しやすくなるという何とも中途半端な風習であった。成果も怪しきこの風習がなぜ諸姉たちを魅了してきたかと問われれば、恋はそれだけ盲目だということなのであろう。
 我々はこの風習を逆手に取り、作戦を決行する。寝静まる校舎に忍び込み、全てのチョコレートを空に解き放つ。これは我々の聖戦である。

 しかし、この作戦には唯一にして実に大きな壁が立ちはだかっていた。セキュリティの突破である。教育現場も数多の犯罪に見舞われてきた身の上、一定程度のセキュリティを持ち合わせている。神聖な教育現場において犯罪が横行する現状には、我々も深く同情する。防げるものであれば、防ぎたいものだ。
 学校に敷かれた網の目を如何にして掻い潜るか、我々は思案に思案を重ねたが、一向にその答えを見出せずにいた。威勢の良かった高島も次第に萎んでいった。
「このままでは我々の崇高たる使命は日の目を浴びることなく、歴史の闇に葬り去られることになるぞ」
「大丈夫だ。作戦決行までまだ五日ある。端緒は思いがけぬところに眠っているぞ」
「もう無理さ。俺は叶わぬ想いとともに泣き寝入りする」
 そう言って高島は仮眠室へ向かった。我が校は生徒用の仮眠室が設置されている珍しい学校である。男女で部屋が分かれてはいるが、いちゃこらの温床となっており、我々にとっては憎き愛しき聖地である。
 高島を見送った私は再び思案を巡らせた。結局、昼休みを全て使っても思案に余ることとなった。

 そのとき、高島が何やら興奮した様子でこちらへ走ってきた。
「おい! あったぞ端緒! あった!」

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