破廉恥憧憬紀 六

 高島が取り出した水筒は錆びついており、どうも飲料を留めておくには衛生的な基準を満たしていないと思われた。高島は蓋を開け、喇叭飲みの仕草をしてみせた。私から軽蔑の視線を向けられた高島は「そんなわけないでしょ」と呟き、水筒の中から滑り出たのは小型カメラであった。

 「目には目を、歯には歯を、盗撮には盗撮を」
 そう言う高島のいたずらな笑顔たるや、古代仏典に名を遺す悪魔そのものであった。こいつは載っていてもおかしくない。
 「それにしても、この錆は何だ。えらい年季の入りようではないか」
 「ちと細工をした」訊くと、百円均一でそういったスプレーが売っているらしい。そこまでする必要はあるのか私には理解できなかったが、高島に言わせれば、何事もやるからには自分事であることが重要らしく、「この汚さが邪魔者たちを寄せ付けない」とのことであった。
 水筒には小さな穴が開いており、その高さに合うように底には消しゴムやらピンポン玉やら何やら怪しげなものまで放り込まれていた。
 「これで悪玉除去といきましょうや」
 例の花瓶を捉えられる位置に水筒を据えて間もなく、用務員の柳沼さんが教頭を伴って仮眠室へ入ってきた。「おや、まだいたのかい」
 我々は教頭に促され、各教室へと戻った。担任の寺内先生は、「遅刻よ! 何していたの?」と心配した。新採用の彼女はまさに姉のようであった。
 席についた私は思案した。
 今のところ容疑者は二人。柳沼さんと教頭である。動機はともかくとして、柳沼さんが犯行に及ぶことは容易い。彼は優しさに満ちた好々爺であるが、人間性のみで決めつけることは危うい。教頭も怪しい。管理職としてあらゆる理由をつけて仮眠室を出入りすることは可能であろう。
 弱い根拠で考えてみても、種々雑多の机上を整理するが如く推察は難航を極めた。考えるだけ無駄であろう。放課後に答えは出る。気長に待つことにしよう。

 放課後、我々はカメラの映像を確認した。そこに映っていたのは、静止する花瓶のみであった。

 私の疑いは確信に変わった。張本人は柳沼さん或いは教頭である。我々の動きを不穏なものとして察知できたのはこの二人しかいない。高島も同意した。
 我々は明日以降、彼らの偵察に移行する。
 現行犯で捕える。歪んだ正義感が我が体内にふつふつと湧き上がるのを感じていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?