破廉恥憧憬紀 八
この事態を好転と捉えてよいのだろうか。
大貫の悪行が暴かれたことによって我々の聖戦が大きく前進したことは言うまでもない。これは紛うことなき好機である。しかし、これで高校内部に咎人の存在が明らかとなり、我々はもう一つの聖戦へと足を踏み入れたことになる。自分でも理解できない正義感がふつふつと湧き上がり、暴走することも否めないが、逡巡の末、私は前者を選んだ。これを「破廉恥聖戦」と名付けることにする。後者は「正義感聖戦」とでも呼ぶことにしよう。
いかにして破廉恥聖戦を選んだかと問われれば、とにかく楽しそうなのである。諸賢も少し考えていただければお分かりであろうが、後も先も考えず飛びつくくらいが人生は楽しくなる。副産物として訪れるであろう正義感聖戦については、高島に何とかしてもらうことにしよう。つくづく私も阿呆である。
映像にある大貫は、手際よくカメラをセットしていた。私は何だか悲しくなったが、大貫のおかげでバレンティンチョコ大作戦改め破廉恥聖戦が成就するのだと思うと、今は感謝すべきであろう。よくもまあこんなにも都合よく事が進むものである。
翌日、二月十三日の早朝。我々は学校の駐車場に居た。大貫を揺するためである。ここまではっきりとした証拠があれば、さすがに言い逃れはできまいと思う一方で、たかだか十六あたりの青二才では出し抜かれるのが関の山ではないかという憂いもあった。
朝八時、大貫の車が駐車場に滑り込んできた。やけに澱みなく、そのさまは大貫の開き直りのようにも思えた。
「やあ、どうしたんだね」
「話さなくても分かるでしょう。あなたはとんでもないことをしていたんだ」
「やはりその話か。無かったことにはできないかね」車から出た大貫には不気味な余裕さと、分かりきった結末を待つだけの諦念が入り混じっていた。
「大貫先生、御自分の身がながくないことはご承知でしょう」高島は仰々しく言った。
「退職金なしの懲戒免職だな」
「そこで、ご提案です。我々に協力させてあげますよ」そう言って、私は提案内容を大貫に伝えた。
(我々の現況と提案)
・破廉恥聖戦の名の下に、「聖なる前夜」に撒かれたチョコレートを回収し、夜空に打ち上げること。
・本作戦の成就には警備システムの突破が必要不可欠であること。
・警備システムの解除に大貫先生を協力させてあげること。
・協力させてあげるのはバレたら一発免職の大貫先生を救うための方策であって、我々が袋小路に落ちたことを意味するものではないこと。
・この計画の漏洩発覚をもって大貫先生の免職が確定すること。
「いかがでしょうか。悪くないのでは?」私の提案を後押しするように高島は言った。
「まあ、仕方あるまい」
「夜八時には生徒もいないでしょうから、そこで侵入します」
「人払いについては金曜日だから何とかなるだろう。私は生徒指導担当だが、この件は不問にしよう」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
職員室へ向かう大貫の背中を見届けた後、我々は微笑を交わした。
校舎に入ると、朝から女子たちが浮足立っているのが見えた。その時だけは、眼前の景色を楽しむことができた。
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