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私は就職ができない01_正社員への復帰の件

過日、フリーランスから会社員への復帰を実現させるため、リクルートエージェントに登録した。すぐに面談の予約を取り付け、電話面談を実施した。率直に言って、私は近いうちに職業を得ることになるだろう。

リクルートエージェントの担当者は誠実さと有能さを兼ね備えた信頼できる営業パーソンに思えた。おそらく器量が良く、学力も高く、家柄も良く、趣味も多彩で、DVなどせず、放屁の回数や音量も控えめな大人物のはずだ。私ほどの人間になれば、声音で人間性の98%がわかる。彼はまごうかたなき傑物である。

1時間の電話面談で、こちらの要望を漏れなく聞き出し、当意即妙な受け答えで私のモチベーションをアップさせた。電話を切ったあとに、私はこれで数ヵ月後には会社員に電撃復帰だと、鼻息を荒くした。その夜には200円以上もするロング缶で祝杯を挙げた。

フリーランスに見切りをつけたのは今年に入ってからだ。2ヵ月前である。ある夜、唐突に不安になり、震えながら泣いてしまったのだ。震えを抑えるためにウイスキーをストレートであおってどうにか平静を保った。将来を考えるとこのまま不安定な自営業者でいるわけにはいかないと焦燥に駆られた。

年が明けてからこちらは仕事がほとんどなく、クラウドテックやレバテックで仕事が無いか、血眼になって案件を探している。クラウドテックにメールをすると、だいたい数日後にとんちんかんな回答を得ることができる。レバテックの担当者にLINEを送ると、だいたいあんぽんたんな返信を得られる。ギャグセンスにかけてはどちらも負けてない。業界の双璧といって過言ではないだろう。

単価が低くても構わないと、ランサーズやクラウドワークスなどでも案件を検索した。合間にフォートナイトをプレイし、ネットサーフィンをして、子どもを迎えに行き風呂に入れメシを食わせ、晩にいいちこを飲みながら将来に悲観してYouTubeのどうでも良い動画で現実逃避してから布団の中ですすり泣く毎日を過ごしている。

そんな鬱屈とした日々におさらばできるかもしれない。リクルートエージェントの営業パーソンは、とにかく数ヵ月以内にゴールできるように頑張りましょうと私は励ました。ここ数年、一人で孤独に仕事をしてきた。仕事ではほとんどのコミュニケーションがビジネスチャットだ。即物的なテキストの交換が私の精神を確実に蝕んでいった。

電話越しに営業パーソンから多大なる優しさと慈悲を得た。この場を借りて感謝したい。名前は忘れたが鈴木氏か佐藤氏だったと思う。あるいは下小路氏やサビチェビッチ氏といったトリッキーな名前だったかもしれぬ。とにかく感謝しかない。ぬくもりを得られるすてきなコミュニケーションだった。

戻ろうと私は思ったのだ。このぬくもりを毎日感じるためにも。人との触れあいは重要である。フリーランスが精神を壊すのは、孤独だからである。妻に罵倒され、子に煙たがられる毎日にさようならをするための最適解は就職である。独立時、同僚との付き合いが煩わしかったからやめたという側面もあったが、背に腹はかえられない。

勤め人に電撃復帰しよう。あの営業パーソンと二人三脚で活動をすれば、おそらく当初設定した今年の6月には私は会社員に戻る。私は今42歳で、再就職するのに遅すぎるというわけではない。まだ社会性の残滓ぐらいはあるだろう。月曜の憂鬱だってきっと乗り越えられるはずだ。

まずは、指定された書類を作成・入力し、履歴書や職務経歴書を完成させる。即刻対応しよう。すぐに対応できますか?と問われ、「無論」と私は答えたものだ。

爾来2週間、私の手は止まったままだ。仕事をろくにせず、案件探しもせず、リクルートエージェントの営業パーソンから依頼されたタスクを消化できずにいる。担当者から毎日数通届く求人メールを開封せず、後ろ暗さが募り、精神はまたしても陰り気味である。なぜだろう。身体が思うように動かないのだ。私は今夜も安いウイスキーを飲みながら、現実から目を背ける作業に邁進している。

そして薄々感じている本音のようなものと対峙し、目をそらし、突き飛ばし、しかし執拗に追いかけてくる邪念と格闘している。観念して、認めないわけにはいかない。

どうやら私は会社員に戻ることを恐れているようだ。

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