曇天の新宿、昼に死す
午後2時。私は新宿の自習室で仕事に励んでいた。フリーランスになって1年数ヶ月。編集者として細かな仕事をこなしている。先月の月収は30万円。食べてはいけている。何しろ妻も働いている。彼女には期待している。世帯収入はそれなりにあるはずだ。子はいない。おまけに家は妻の親族の持ち家の一部だ。家賃は8万円。妻と折半して4万円ずつ。東京で家賃4万円ならば安いものだ。道理など捨て去れば100ヵ月連続家賃滞納でも法的措置を取られることはあるまい。
住んでいるところは、平日の昼間に何をしているのか判然としないしょぼくれた男たちが半袖短パンで闊歩しているような下町だ。気が滅入る街だが、私もいつも朝8時に近くのローソンにコーヒーを買いに行くときには、Tシャツと短パンで、靴はビーチサンダルだ。むき出しのすね毛とガニ股と白髪交じりの寝癖頭で往来を歩いている。
以前はスーツや小綺麗なオフィスカジュアルに身を包んだ勤め人とすれ違うたびに小さな後ろめたさを感じていた。今はもう何も感じない。こちらは自営、あちらはサラリーマン。根拠のない優越感はすぐに霧消した。今はしょぼくれた汚いフリーランサー。勤め人や女学生たちに優しいまなざしを送っている。「俺の分まで頑張ってくれ」と。
2019年10月、私は37歳だった。それが働き盛りの年齢などとは誰にも言わせない。22歳で社会に出てから15年。IT企業、出版社、調査会社、食品、制作会社など、合計10社で働いた。ほとんど数ヶ月で辞めた。途中からは経歴詐称という名の職歴の改ざんという名の職歴のアレンジという名の職歴の再解釈も、もちろん行った。若気の至りだ。
長く勤めた会社では社内ニートとして日々研鑽を積んだ。おかげでフリーランスとなったいまも、1ヵ月1万5000円の利用料を払って借りている自習室でネットサーフィン三昧だ。仕事をしているフリをする必要はない。上司も同僚もいない。部下もいないし、お母さんもお父さんもいない。誰にも怒られない。おまけに、売り上げも立たない。
しかし毎日そうしているわけではない。何しろ月収30万円稼いでいるのだ。立派なもんではないないかと、自分を鼓舞する。そして少しだけ憂鬱になる。
どうでもいいような原稿を編集している。用語統一、アウトラインに合った記事か、ターゲットにそくした内容か、文字数は規定通りか、タイトルの文字数は、フックになるようなキーワード(KW)とやらはリードに含まれているか。
ファックオフ。ブックオフ。テイクオフ!
ブーーーーーーーーーーーーーーーン。
2時になりました。定時です。すぐに仕事場から出ていきましょう。今日の仕事はこれにて終了。実働3時間。集中力など微塵もない。
今日の売り上げは5千円。酒と煙草を買って帰ろう。雨が強くなる前に帰ろう。台風の上陸は明日か? 降りたければ降ればいい。曇天の新宿、夕に死す。そう言えば私はタバコを吸わない。おまけに酒も飲まない。ポテチでも買って明日からの三連休を怠惰に過ごそう。
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