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凪(フィクション>短編)

§ 3 PPM

小売のIT業務は、クラウドネットワークで通じている全店舗の利用するPOSと帳簿の合致が大切だ。小売りの日々の売り上げは、何がいつ頃売れて、どの辺で安値のキャンペーンを開始するかを毎日分析し、思惑通りに利益が入って来るかを毎日、毎時間、速報で入って来る売上情報と製品の特化情報を各売場でPOP同様に異なるものを作り、顧客満足度に繋げようとする。

年齢的に嗣芙海ひでふみより数年上の寵子ちょうこが、POS導入の時代背景について教えてくれた。夕飯を作りながら、嗣芙海に話してくれたのだが、バブル以降、2000年代の経済が厳しい時代に、寵子は外資で世界最大手にBOバイアウト(買収)された、日本大手のスーパーマーケットで通翻と財務役員の指揮命令を含めた役員補佐業務を1年半弱、上司のCFOのアメリカ人が帰国するまで、務めたと言う。

その頃、丁度、販売系のレジ機器が欧米の「自動化」の波に押され、既にアメリカで作られたPOSが日本に導入され始めた。このメガストアグループはアメリカ本社に買収された後、操られるまま、渋々、当時珍しかったPOSを導入し、2024年の今や、歴史上、日本企業でPOS導入の一番乗りをした会社として知られているが、寵子が其処に実質PMOとして絡んでいた事を嗣芙海は知らなかったから、へぇ、と感心した。

POSの入れてくる購買、販売履歴、利益情報は、色々な小売業の日々のITが繋げられた22世紀のクラウドを通じての速報方式に繋がり、アメリカが経営に絡み始めて、初めて大きく取り沙汰される様になった。

当時、このストアで使うPCは三流仕込みで買収主の海外最大手が持ってくるまで、同ストアグループの「日報」はITではなく、それまではガリ版印刷に近いようなチラシで対応されていたと言う。謂わば、寵子は、この会社の外資化、欧米化、プロジェクトマネジメントオフィスを確立した第一世だったワケである。

嗣芙海は、寵子の経験を話の流れで聴く度に、寵子自身は大したことないと考えている彼女自身のキャリアを、実のところ、鼻高々で聴いていた。
「実は寵子は色々な経験をしていて、有能なのだ」、
と心の中では密かに自慢していた。

寵子本人は、出向したり派遣されたりで企業から盥回しに遭い、契約期間が変に短かったり、長くても長過ぎない様な経験が多くて、
「自分のキャリアは禄でもないモノだ」、
といつも話しているが、嗣芙海はそんな風に考えなかった。
寵子自身は他意無く、他愛無い事の過去の関連話として触れる様に面白おかしく話しているだけなのだが、そう言う時に寵子の話す内容が実は彼の業務にも、非常に参考になる。

佐々木の方の小売りは電気アプライアンス製品なので、零細や中小企業の電気アプライアンス販売店舗協会メンバには、売上速報や、製品傾向の速報については、電気ストア協会でメンバーに適宜出しているメンバ特化の速報メールがあるそうで、メールで毎日届いたり、似たような事をしているから、佐々木社長がタスクとしてリクエストして来るモノを三条と聴きながら、嗣芙海自身が納得して理解出来、寵子の解説が背景となって新たな質問が出来たり、タスクについて先々の質問が出来たりした。

ただ、ラヂオ屋第二号店と本店のIT化および帳簿とPOS導入は、規模的にはスケールが小さい小企業レベルだったので、嗣芙海と三条には多少の金にはなるし、有難くはあるが、プロジェクトそのものは全体的に簡単で、さっさと終えられるプロジェクトではあった。

展開予定のPOS内設定事項コンフィギュレーションも大体の通常小売店舗で使っている一般的な事柄が多く、謂わば、佐々木が頭を捻って出してきたタスクリストも大概が「ユニフォーム化された設計書」を見れば大体は簡単にジェネリックな設計書で間に合うようなモノで、嗣芙海や三条はそれらをも参照して提案書を作成した。

影響するストア店舗が少なく、二店だから、そう障害も起こらないし、導入自体も問題なく実施出来る筈だ。テストも一度で何とかなるだろう。自分の様な地元のコンサル営業且つエンジニアの仕事には丁度だ、と考えていた。

そんな時に、今度は鳳から連絡が来た。
「督さん、今日はどうかな、忙しそうかしら、面白い話があるんだ」
最近は、鳳は嗣芙海を督さん、と呼んだ。
「あ、どうも、鳳さん、いつもお世話になります」
何かないかな、と思うと、鳳が、また助けの手を伸ばしてくれた。
早速、話を始めた。
「あのさ、好い話があるんだけど。然も、コンサル料が払って貰えるよ。ポートフォリオ風に纏めてさぁ、プレゼンと言うか、纏めて口頭報告し、月々お金払って貰えるよ。一気に督さん用に纏めてそっちへあげちゃいたいんだけど、駄目かしら。
三条君と居度端君と督さんがいれば、メンツは揃った様なモノだし、仕事は簡単だと思うんだな。
然も金ならいくらでも払う、と仰せのお客様でね。佐々木さん所の案件実施してても、時間的にはまだ楽に対応出来るし。督さんの業務に参考にはなるし、ウチの知合いの近隣のビジネスホテルのオーナーなんだよ」
鳳は、TBT線の沿線ホテルのオーナーで取締役会長になった坂口と言う金持ちが、IT系のデキるPMから地元IT投資について、コンサルを求めている、と言った。

「ホテルの扱うテナントなどの地元の製品や地元業界情報でホテルに助けになる情報を纏めて、想定をPPMしてくれれば、好いんだ。ホテル内のIT資産投資についても調べてほしいそうだ。どう?やりたい?他のプロジェクトと一緒に出来る様な、副業の様な、君には簡単な奴さ」
「PPMですね。ええ。コンサルとして自立するなら、やらにゃならんとは思っていましたが、確かに久しぶりだな、やらせてください」
鳳が嗣芙海に提案してくる小さい仕事は、大体の場合、業務訓練に似ている。慣れて置くといいだろう、というアドバイスと、俺と働きたいなら、コレくらいについては、知って経験を積んで置けよ、という暗に言えば「指令」が含まれている様なものだ。何かの役に立てる自分がいたら、いくらでも働きたいところだ。鳳は積極的であり、他人の遣い方を知っている。嗣芙海は、自らコレが出来ないとな、と感じている。
鳳はチャットのメッセージで沿線ホテルのリンクなどを送り、坂口氏のプロフィールを送ってくれた。
「オッケー、了解。本人の好いように作ってやって、色々、教えてあげてよ。契約書をウチの奥さんに作らせて送るから、サインして送って返してね。このお爺ちゃん、若干、難しい人なんで、君なら安心だけどさ、なんかの時の為に俺、一応、間に入るんで」
「了解しました。いつも有難うございます」
「いやいや」

収入の足しになれば、何でも有難く戴いた。ココまで安定して仕事が入ってきているのは、鳳のお蔭だったので、電話しながら頭を下げた。

嗣芙海は、根が丁寧で素直なので、礼儀正しく頭を低く下げて謙虚に過ごす。上司や鳳の様な上役のクライアントからは悉く可愛がられたし、自分も努力を惜しまない。嗣芙海の仕事の理念だった。
「俺は、いつでも稲穂の様になれる」。


鳳が話していた、ポートフォリオ風にとは、纏まった数ある資源対象から編成した組合せポートフォリオの製品や事業プロジェクト、という意味だ。

PPMの「元々」の姿は、1970年代にボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が顧客のGEの依頼で開発した製品および事業の「戦略ポートフォリオのフレームワーク」を指す。最近では、投資するにあたり、どの様な配分を設定するか等を探求するプロダクトポートフォリオマネジメント(PPM)と呼ばれるようになった。IT系の資産分析、経営分析と戦略の決定プロジェクトを想定して設定し、適宜優劣を決めて管理する。

内容が似通った経営資源を組合せポートフォリオ、配分設定を対象に、全体、また個々の市場占有率マーケットシェア市場成長率マーケットグロウスを軸にして、最適な事業や製品選択を出来る様に使える製品、使える方法論かを、その運用や運営状況を見ながら判断材料にする。経営判断の材料のプロジェクトである。測定の見地は何処にでも設定可能で、会社次第だ。ポートフォリオには「作品集」という意味もあるので、資産構成要素の組合せであり、その個々の塊、と言う事になろうか。会社の金を何処に遣うべきか考えあぐねた代表取締役の為にPMプロジェクトマネージャが差し出すIT系投資対象に出資方法と出資先設定である。

数ある経営資源の組合せポートフォリオをプロジェクトで掌握しながら、コンサル営業は、自分の意見を含めた対象製品や経営方法、方針、運営などの優劣をクライアントの代理で決定する。そしてそれを社長に提案し、社長が決断して対象を決める。

長いキャリアでも嗣芙海はめったにやらなかった様な仕事だった。厳格にITコンサル職だけをしていたワケではないからだ。エンジニア職で会社に入り、次第に出世するにあたってその途中で必要な義務として実施した経営支援のようになるし、ITとはほぼ無関係の上層部の人に支援が必要になる。が、同時に、ITコンサルとしても、蔭の重要な仕事でもある。

クライアント会社に関連する製品、似た製品や似た販売方式を取ってきて自社の製品と比べたり、運営を他社方式でやるとどうなるか、等、其処此処で対象を各種の方法論で比べながら何がどう組み合わさると有効で優先出来、金が儲かるのか、判断する。

対象には、
●花形、
●金がる木、
●問題児、
●負け犬
と優劣の名前を設定して、ふるいに架け、最初の仮定論通りか、実証する。謂わば、経営学のPoCみたいなモノである。

大手の会社にはこの手の判断はPCが特設されていて、チャット式に代理で勤めてくれるが、小さい会社ではコンサルの持つ目と知識で話が変わってくる。

ココまでの詳細のソリューション資料を滅多に使う会社はなかなか居ないが、投資対象や製品に迷いが有ったり、販売形式に迷う時などは遭えてこのPPMを使う事でどの方法論がベストで、どの製品なら一番儲かるかを、分析出来る。


経営者の意思決定の為のコンサルである場合、EPM エンタープライズプロジェクトマネジメントで、企業の方向性、使う製品、全体的な自社製品のマーケットシェアやマーケットグロウス等を見る場合、EPMで実際に社内でDXは何処まで運用するかとか、費用面を検討し、社長・会長の決済が必要になる会社の企業としての決定事項をEPMで賢察して勧め、業務部などで実施している各部署のプロジェクトの動向などをPgMプログラムマネジメントをしながら相互に関連する複数のプロジェクトを同時にコントロールさせるのがPPMの最新型であろう。PPMは大体の場合、管理系のPMOに任せておれば、問題は起きない所だが、今回、対象が中小企業よりス恋大きいが大企業ではないローカル鉄道会社のグループの名を持つ沿線に建てられたビジネスホテル事業だ。勧める対象や製品を考えるにあたり、鳳はテナント製品と言っていた。

寵子に訊いたところ、テナントとは、クライアント物件内に製品を持ち込み、小売等を実施する、出店やブティークを言う。例えば、寵子がアメリカ人CFOと組んで仕事をしていたメガストアではストア内の別小売店であり、会員制のスポーツクラブなどを含める。ロー且つ電鉄の沿線ホテルグループのテナントは当該ホテル内のお土産屋や、ヘアケアサロン、スパなどを言う。ストアのテナント同様、利益に大きい影響を持つ。

読んでいたIT雑誌や資料を机に於いて、クライアントあてのプレゼン原稿を纏め、コーヒーを呑んだ。佐々木の様なローカル路線の客だけでなく、中級のTBT線グループホテルを持つトップとのやり取りは、今後のクライアントとして維持したい相手であり、また、嗣芙海にとっては大企業なだけに、ちょっとしたチャレンジだった。だが、ベストを尽くしていれば、どんな結果でも嗣芙海には満足だった。ただもう全力でぶつかろう、そう決めた。

TBT沿線ホテルグループの会長、坂口敦さかぐち あつし氏は、Y坂駅の坂の上通りに構えた豪邸に住んでいた。洋風の3階建ての大きな屋敷は、ホテルのグループオーナーだけあって、趣味の良い桃花心木マホガニーの高そうな階段や、美しいカーテン、先を歩く女中、全てが控えめ抑制的な嗣芙海には、初めての経験だった。中学校で、不器用に動く自分に柔道のコーチが胸元で初めて稽古をつけて貰った時のぎこちなさを思い出し、顔が紅潮するのを自覚した。

女中がノックし、扉を開くと、二階のオフィスが目に入った。入り口から見ると、東の庭園に向かって大きな窓が広がり、外景が美しく、その前に初老の恰幅の良い紳士が大きな事務机で何かを読んでいた。
「督葉羅様です」
「ん...」
読んでいた物からだけ目を上げて、坂口がちらっと此方を見た。
女中がお茶を何処からか持ってきて、デスクに置き、挨拶して出て行った。
直ぐに最敬礼して、
督葉羅 嗣芙海とくはら ひでふみです。本日はお忙しい中、お時間を戴き―」
と始めたところで坂口が右手を挙げて止めた。
「―まぁ、まぁ」
「はい、あの…」
会長は自席から立ち上がり、ソファの方を指さした。
「まぁ、待って。此方に座ってください」
お茶のカップを持って、坂口が一つを嗣芙海に渡し、ソファを再度、顎で指した。
「そっち、まぁ、座って」
お礼を言いながら言われた通り座り、今日のお礼を言おうとすると、
「ま、まずはお茶、呑んで」
老紳士がにっこりとして、勧めた。
「これはアールグレイの特級茶でね。お客さんから好評なんだ」
「ほう」
寵子もアールグレイが好きなので、アールグレイは呑みなれていた。ベルガモットの柑橘系の香りが寵子は好きで、たまにオレンジのシロップや蜂蜜やレモンジュースをさらに加えてトーストと戴いていた。一口呑んで、非常に美味しい、と感じた。アールグレイは、もともと中国のキーマン茶から作られているが、ベルガモットの香りが強く入って利いており、寵子は大好きだと言っていた。
「美味しいです。いつも妻が作ってくれるので、この紅茶」
寵子の優しい微笑が脳裏に浮かび、自然に気持ちが軽くなった。
「ほう、それは趣味の良い奥様だね」
目元が緩んだ嗣芙海を見て、坂口が自然に微笑んだ。
「恐縮です」
赤くなりながら、嗣芙海はお茶を戴いた。お茶ですっかり落ち着き、相手の出方を見ていると、一頻り此方をみていたが、口を開けて、
「PPMでカバーしてほしいことを言うので、今から言う事をメモしてPPMの内容をパワポなどに作成して来週、持参してください。鳳君から君の話は聴いています。信用するので、PPMを私の指示として進めてください」
「あ、はい、畏まりました」
上着のポケットからペンとカバンからノートパッドを出して、用意をした。

(つづく)

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