モノを売るな、コトを売れ!先駆者「ハーレーダビッドソン」の”絆”戦略に学ぶ、まちづくりのヒント
モノ消費からコト消費。SNSの普及とともに今では当たり前に使われるようになった言葉ですが、その先駆けともいえる企業をご存知ですか?
それが、ハーレーダビッドソンジャパンです。
落ち込み続ける大型バイク市場の中で、同社が右肩上がりの成長をし続けてきた裏には「バイク」というモノではなく、「ハーレーダビッドソン」を通じて得る感動や体験といったコトを売ることに注力したという背景があります。
現実に向き合い、自分は“蟻”だと自覚する
日ごろまちづくりに関する発信をしている私ですが、今日は少し趣向を変えて「ハーレーダビッドソンジャパン」(以下、HDJ)の取り組みをご紹介したいと思います。
ハーレーダビッドソンと聞けば、「ライダー憧れのブランド」としてあの大きなバイク連想する人も多いと思いますが、日本でのそのブランドの浸透の裏には、前HDJ代表の奥井俊史氏がいます。
縮むバイク市場の中で、毎年新規の顧客を開拓し、約13%しかなかった市場シェアを37%まで引き上げた、顧客体験重視のブランドの作り方は、あらゆる業種・業態の企業、さらにはまちづくりにも応用できるものです。
実は、オートバイ市場の落ち込みと、田舎の人口減少というのはとても似ており、HDJの戦略は私の本業である「まちづくり」の場面でも参考にさせていただいていることがたくさんあります。
奥井氏の経営観には私もとても影響を受けており、最も尊敬している経営者の一人です。
※画像引用:書籍「巨象に勝ったハーレーダビッドソンジャパンの信念」(丸善株式会社)より
年々縮小するバイク市場の中で、ハーレーは顧客体験を重視した戦略で、販売台数を伸ばし続けた。
年々縮小を続けるバイク市場。
さらに周りを見渡せば、同業他社にはホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキという世界に名だたる大企業に囲まれて、ハーレーダビッドソンの日本法人HDJが誕生したころには、まさに“巨象に対する蟻のハーレー”の構図だったそうです。
しかし、奥井氏はそうした現状を受け止め、「自分たちは小」だと居直ることで独自の戦略を展開することができた、と言います。
「モノ」ではなく「コト」を売る―ハーレーダビッドソン10の楽しみ
もはや使いまわされたような気もする『「モノ」ではなく「コト」を売る』という言葉ですが、HDJが「コト」を売り出したのは今から30年近く前の1990年代です。まだSNSなんて全くなかった時代です。
先ほど、当時のHDJが置かれていた厳しい状況についてはお話しましたが、さらに言えば、ハーレーは“実用的”とは程遠いバイクです。車両価格は同業他社の2倍超、燃費も悪く、さらに重い。
奥井氏の言葉を借りれば、ハーレーで出前する蕎麦屋はいない。
※ところが、ハーレー出前をする蕎麦屋があるそうです。静岡県浜松市の「お食事めん処 みちる」さん。「”一般的には、”ハーレーで出前する蕎麦屋はいない」に訂正します。
画像引用:「浜松ランチガイド」
ハーレーは、人や物を運ぶ、「交通手段としてのバイク」として選ばれるわけではなく、言ってしまえば「趣味」の用途なのだと割り切り、HDJはその体験に着目するマーケティングに振り切りました。
特に注目してほしいのが、「ハーレーダビッドソン10の楽しみ」です。
一般的に、車やバイクの販売店、あるいはメーカーと顧客の関係が密に繋がるのは購入や車検のタイミングだけです。
もちろん、購入後もメンテナンス等で継続的に関係性を築くところはありますが、日々のバイクライフ、カーライフにまで積極的に関わっている企業はあまり聞きません。
車やバイクを買った後は、顧客が自分でその楽しみ方を探していきます。
HDJでは、ハーレーダビッドソンの楽しみ方を10のカテゴリに分けて(もちろん顧客が自分で楽しめるための余白は残しながら)、より深く、広く楽しめるように様々なプログラムを主体的に提供しています。
ハーレー10の楽しみ
「知る」楽しみ(商品、歴史など)
「乗る」楽しみ
「創る」楽しみ(カスタマイゼーション)
「選ぶ」楽しみ
「競う」楽しみ(レースやカスタムでの競い合い)
「出会う」楽しみ(ハーレーを通して人と出会う)
「装う」楽しみ(ハーレーライフ スタイリング ファッション)
「愛でる」楽しみ
「海外交流の」楽しみ(世界的なオーナーズ・グループ)
「満足」(トータルにハーレーライフを満喫)
それまでは非正規品しかなかったカスタムパーツも純正で展開し、さらにカスタムしたバイクを見せ合うような場を作りました。ファッションにも力を入れ、当時はまだなかった女性ライダーのファッションショーも開催しました。
画像引用:「ハーレーダビッドソンジャパン」公式サイト
そして「ハーレー10の楽しみ」を広く深く具現化するために積極的に取り組んだのが「イベント」です。
何かのついでのイベントではなく、HDJはイベントこそを主軸におき、大きなものから小さなものまで、数多くのイベントを展開をしています。
ハーレーの世界を感じられる特別なイベントで離脱を減らす&新規ファンを増やす
HDJが企画、主催する数多のイベントの中でも最大規模のイベントが全国からファンが集まる「ブルースカイヘブン」です。
(※残念ながら、2020年の開催は「ブルースカイヘブン」は中止となりました。次回2021年に期待しましょう!)
画像引用:「ブルースカイヘブン」公式サイトより
このイベントがとにかくすごいんです。
私も参加したことがありますが、全国からハーレーライダーが集結し、右も左もハーレー一色。「ハーレー10の楽しみ」を具現化した企画が盛りだくさんです。それでいて、メーカーやディーラーの自己満足・内輪ノリの要素は全くなく、参加者の「楽しさ」が追求されています。
大人も子供も、男性も女性も、ハーレー乗りもそうでない人も楽しめる仕掛けがたくさん施されており、「イベントを楽しんでいたら、気づけばハーレーのことが好きになっていた」とファンが増えていくのも頷けるイベントです。
画像引用:「ブルースカイヘブン」公式サイトより
第1回(1998年)には1,700人ほどだった参加者が、2009年の第11回には5万人以上にまで増えたそうです。しかもそのうちの半数以上はハーレーの非オーナー。(ビジネス的な表現をすると、新規客)
実は、このイベントにハーレー乗りの友人と訪れた人が、ここでバイクを購入していくという例もかなり多いとか。もちろん即決でポンッと買えるような金額ではないはずなのですが、そうしてしまうくらいの没入感と楽しさが確かにあります。
奥さんや子どもと一緒に参加して、ハーレーの世界観を共有し、数年後には家族でハーレーライダーになっている人もいるそうです。
HDJではこのように顧客との強く深い関係=「絆」を構築し、ブランドを通してのコミュニティマーケティングを展開していきました。
「楽しい」と「楽しい」をつなげ、ファンとファンを接着させる
この「ハーレー10の楽しみ」を軸とした考え方は、私のまちづくりの考え方の基本にある「アクティビティーファースト」と合致します。
アクティビティーファーストでは、半径200メートルの中に10こ以上のアクティビティを作ります。買い物をしたり、食事をしたり、お酒を飲んだり、スポーツをしたり、そうしたアクティビティが集まっている場所であれば自然と人の周遊がおき、その場所に人が留まるようになります。
もしこれが、1つしかなかったら。
例えば立派な体育館が一つあったとしても、「運動をする」というアクティビティを終えて他に何もなければ、せっかくそこに来た人も帰るか、別の場所に移動してしまいます。
しかし、近くにカフェがあったら、「ちょっとお茶をしていこうか」となるかもしれない。そうすると、人の流れが変わり、まちからの離脱を減らすことができます。
ハーレーも、まちも、「楽しい」と「楽しい」を繋げることで、気づけば一つひとつのバイクやアクティビティに対する興味関心・好きが、その世界観や地域に対する興味関心・好きに変わっていきます。
特に、ファン同士の交流が生まれると、次はイベントではないところでも交流が発生し、さらにその度合いが深まっていくのです。
「モノ」の価値は「モノ」の中にはない
こうした取り組みを経て、HDJは2000年には751cc以上のオートバイ市場でシェアNo.1を達成、さらに401cc以上のオートバイ市場でも、2003年にシェアNo.1を達成しています。
画像引用:「奥井俊史公式サイト」より
さらに、ディープなファンが多いイメージの強いハーレーダビッドソンですがその顧客は常に新規顧客が80%を占めていたということです。(※2020年現在の数字は不明)
奥井氏は著書「巨象に勝ったハーレーダビッドソンジャパンの信念」(丸善株式会社)の中で、ハーレーの生き残り戦略を考える上でのターニングポイントを「ハーレーをサービスレジャー産業というジャンルに属する商品」として定義し直したこと、と書いています。
モノの価値は、そのモノ自体にあるのではなく、頭の中や心の中にあるものです。HDJは改めて顧客視点にに立つことで、ハーレーに求められている「楽しみ」に気づくことができ、価格ではなく価値で売ることに成功してきた企業の一つです。
マーケティングの出発点は、競合他社との比較ではなく、顧客視点です。競合に勝つことが目的では、素晴らしい商品も生まれないし、ワクワクするイベントも開催できません。
全くの異業種でも、まちづくりでも同じです。CX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験)を考える人には、ぜひHDJの事例は参考にしていただきたいです。
最後に、奥井氏の著書「巨象に勝ったハーレーダビッドソンジャパンの信念」(丸善株式会社) より一言。
他社との比較がマーケティングの出発点であるとしたら、お客様に喜んで頂けるマーケティングなど展開できない。
何度でも心に刻みたい言葉です。
株式会社SUMUS 代表取締役
小林 大輔
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