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橋依直宏『LUNATIC BRAIN1』感想

 ここ数年来、本は商業同人問わずほとんどインターネット通販で済ませるようになった。それは、買いたい本が決まっており、さらに近くの書店には置いていないことがままあるため、その方が効率的だからだ。これに対する反対意見の一つに「書店や即売会では思いもよらない良書との出会いがある」というものがあるだろう。他にもポイントやら書店特典やら色々と通販のメリットを挙げることはできるが、さておき前置き。

 本作は即売会会場で偶然手にした。本当に、たまたま。目に付き、興味を惹かれ、試し読みもそこそこに、頭のどこかが囁いた。「これはきっと面白いはずだ」
 果たしてそれは正しかった。否、続刊があるにも関わらず1巻しか購入しなかったのだから、その時の判断は(結果的に)誤っていたといってもいい。

 舞台は2042年。自動運転車やAI、アンドロイドが社会に広く浸透した近未来。警視庁に異動となった刑事、三輪蕗二は10年前のとある事件によって父を亡くし、それをきっかけに刑事を志すとともに<犯罪者予備軍=ブルーマーク>を強く憎むようになった。しかし念願の刑事となった彼を待ち受けていたのは特殊な技能を持つ3人の<ブルーマーク>。彼が任じられたのは、憎むべき<ブルーマーク>を率いて犯罪捜査を行う秘密部署の指揮官であった――

 少子高齢化が進行し、景気も回復せず悪化の一途を辿る社会において増加する一方の犯罪を抑止するという名目の元、将来犯罪者となり得る可能性が高い人間にマーキングするという超監視社会の世界観は、しかし全くの空想とは言えない。現実でも例えば性犯罪者には発信器を付け行動を監視しているという国もあるし、出生前診断によって将来発症しうる病気等の可能性を算出し、時にはその結果次第で中絶をも選択する。これらの行き着く先は可能性のみによるレッテル貼りである。
 特に恐ろしいのは<ブルーマーク>はあくまで犯罪者となる可能性が高い「だけ」の人であり、一度それに認定されれば人権が大きく制限され、まだ罪を犯していなくても犯罪者のごとき扱いを受けているが、あくまで彼らは「個人」であり<ブルーマーク>同士に何らかの繋がりがあるわけでも組織化されているわけでもない。にもかかわらず、主人公は父を一人の<ブルーマーク>に殺されたことにより、本来無関係である者も含めて<ブルーマーク>全体を憎悪している。これはレッテル貼りによる差別と同じ構図である。

 しかし3人の<ブルーマーク>と協力を余儀なくされた彼の中で、憎しみは消えずとも“彼ら”に対する考えに変化が生じているのは確かだろう。本作のジャンルは「近代SF×刑事小説」であるが、ただ近未来のガジェットや特殊な能力を使って事件を解決するだけの物語では無く、むしろ人間の心理や感情に着目した繊細な作品だと感じた。これから主人公が”彼ら”とどう向き合っていくのかが大変楽しみでもある。

 物語は主人公と彼を取り巻く3人の<ブルーマーク>を中心に展開していくが、主人公の同期であり相棒でもある「坂下竹輔」もまた、脇役の位置づけではあるが貴重な存在だと思う。憎しみを原動力に刑事という職務に邁進する主人公にとって年相応に肩肘を張らず接することができる彼のような存在は、「日常」の象徴でありその存在感は決して小さくはない。シリアスな展開が続く本作において彼の存在には大変癒された。

 1巻はシリーズ全体の「導入」だった。今後、物語はどう展開していくのかとても楽しみである。また、3人の<ブルーマーク>一人一人がさらに掘り下げられることも期待したい。


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