二人の記憶

昔々、あるところにとても美しい少女がいました。
その美しさのうわさは村の外まで広がって、あちこちから男たちが一目彼女を見ようと集まってくるほどでした。
しかし少女は決して家から出ようとしませんでした。

男たちは、実際には一度も見たこともない少女を巡って争い始めました。

するとある男がやってきてこう叫びました。
この家に住んでいる少女は淫売だ!
何人もの男をとっかえひっかえ寝ているのだ!
騙されてはいけない!

男の言葉を信じた他の男たちは少女の家に向かって暴言を吐き、石を投げつけはじめました。
そうこうしているうちに、ブツブツと文句を言いながら男たちはみんな自分たちの村へと帰っていきました。

淫売だ!と叫んだ男だけは少女の家の前から動きませんでした。
他の男たちがいなくなったのを見計らって、
男が少女の家に入ると、そこには既に息絶えた少女の姿がありました。

男たちの罵詈雑言に耐えきれず自ら命を絶ってしまっていたのです。

男は少女の亡骸に向かって、
「淫売だと嘘を言えば他の男たちが嫌がって、あなたを独り占めできると思ったのです。まさかあなたがこんなことになるだなんて思ってもみなかった。どうかわたしを許してください」
そう言って男は泣き出しました。あまりにも長い時間ワンワンと泣き続けたので、
男の涙は海となり、少女の亡骸と男はその海の底に沈んでいきました。

その海の底には少女に姿形がそっくりな、それはそれは美しい女神様がいらっしゃいました。

男は女神様に許しを乞いました。
「どうかわたしの罪を許してください」
女神様は答えました。
「これから千年の間、あなたはこの罪と何度も向き合うことになるでしょう。そしてこの少女も何度もあなたを憎むことになるでしょう。」

ふと気づくと、男は海の底から地上に戻ってきていました。
ただ、男は以前の男ではなく、
周りの景色も以前のものとは違っていました。

不思議に思っていると、目の前から死んだはずの少女が歩いてきました。
けれどその少女も、もう以前の少女ではありませんでした。

思わず男はもう以前の少女ではない女に駆け寄りますが、女は冷たくあしらいました。
あまりにも男がしつこいので、
女のお付きの者たちが彼を殺してしまいました。

目が覚めると、男はまた以前の男ではありませんでした。
少女もまた以前の少女ではなく、
男は女で、女は男でした。

女は男に恋焦がれましたが、
男は女にとても冷たく、
心を病んだ女は湖に身を投げて死んでしまいました。

男は何度も目覚め、何度も死を体験していくうちに元々の自分の記憶を無くしてしまいました。

恋焦がれるがあまり酷い嘘をつき、
少女を深く傷付け、
彼女が自殺してしまったことも、
女神様に許しを願ったことも、
千年の間、罪と向き合うことになる、
と言われたことも、
全てきれいさっぱり忘れてしまいました。
少女もまた同じでした。

きれいさっぱり忘れたまま、約束の千年が経とうとしていました。

男はまた男として、少女もまた女として二人は再会しました。
ほぼ千年の関係の中で、男はいつも少女に冷たくあしらわれていたので、
記憶をなくした男はいつしか女を憎むようになっていました。
その逆で、少女はいつも自分に好意を示してくれる男に心惹かれるようになっていました。

自分に心を寄せる女をうとましく思った男は、「お前のことなどなんとも思っていない、頼むから俺に近づかないでくれ!」
そうはっきり女に告げると、
女は深く傷付き、ワンワンと泣き始めました。あまりにも長い間泣き続けたので、女の涙は海となり、女と男は共に海の底に沈んでいきました。

深い海の底で二人はようやく忘れていた記憶を取り戻しました。

男は少女に言いました。
「どうかわたしが千年前にあなたにしたことを許してほしい、あなたを深く傷つけてごめんなさい」

そして、少女は男に、
「この千年の間、わたしを深く愛し続けてくれてありがとう。わたしはあなたを許します」
こう告げると、二人はとても温かな光に包まれて地上に戻ることができました。

男は以前の男ではなかったし、
少女も以前の少女ではありませんでしたが、
二人はもう二度と出会うことはありませんでした。

二人はそれぞれ別々に幸せに暮らしましたとさ。

おしまい

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