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顔のない男

あるところに顔のない男がいました。
自分に顔がないことがわからないように、
男はいつも仮面をつけていました。

会う人によって笑った仮面や怒った仮面、
おどけた仮面や泣いた仮面をその都度付け替えていたので、
誰にどの仮面をつけて会っていたのか次第にわからなくなり、
男はついに誰にも会いたくなくなってしまいました。

顔のないまま外に出てみようか、
ある時男は思いつき、仮面を外して外に出ました。

仮面をつけていない男に気づく人は誰もいませんでした。
男は始めは自分が透明人間になったような不思議な気分を味わっていましたが、
次第に不安になってきました。

僕はいったい誰なんだろう?

男は急に悲しくなって泣こうとしましたが、
顔がないので泣くことが出来ませんでした。

「ねぇ、おじさん、どうして泣いてるの?」 
見知らぬ少女が話しかけてきました。

「おじさんが泣いてるのが見えるのかい?」
男が聞くと、
「見えるよ、目から涙がポロポロ落ちてる。何がそんなに悲しいの?」
少女が答えました。

男は驚いて、
「おじさんの目が見えるの?どんな目なのか教えてくれない?」
そう言うと少女は
「変なの、自分がどんな目をしてるかわからないの?うーん、そうだな、うちで飼ってる犬の目に似てる!」
「鼻は?鼻はどんな形をしてる?」
男は続けて少女に尋ねました。
「鼻は高くて真っ直ぐ。横からみたら鷲みたい!」
「口は?口はどんな形をしてる?」
「口の端っこが上がっててなんだか笑っているみたい」
「耳は?耳の形も教えてくれない?」
「耳はわたしが読んだ絵本に出てくるエルフみたいにとんがってる!」 

少女が答えてくれる度に、顔のない男は自分の顔を少しずつ、少しずつ思い出していきました。

そして少しずつ、少しずつ自分の顔を失った時のことを思い出してきました。

「ねぇ」
男は少女に
「自分以外の誰かになりたいと思ったことはない?」と聞きました。
すると少女は
「ない!だってわたしはわたしだもん」
にっこり答えました。

少女の笑顔につられて男も思わず笑顔になりました。

顔のない男は、もう、
顔のない男ではありませんでした。

おしまい


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