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水の中で肺呼吸をする

わたしは目が悪い。

小学4年生のときに健康診断で0.1を切った視力と診断されてから、詳細な数値はわからない。数値を出すことが無意味だと思えるくらいに裸眼だととかく生活ができないほどのド近視。高校2年生まではメガネで矯正していたけど、レンズの度数がきつく牛乳瓶の底のようなメガネがコンプレックスで、できる限り裸眼で生活をしていた。

高校3年生のときに、お小遣い負担というかたちでコンタクトの使用を許可してもらった(我が家は目が悪い人がいなかったから、メガネにもコンタクトにも疎い両親の説得に時間もかかった)ときには、視界すべてがくっきりとはっきりと見えることに感動をした。約10年ぶりにピントの合った世界と再会。適当な感覚で生きてしまっていたときには意識をしなかった他人の視線の動きや視界の端にチラつく不規則な動き。感覚を取り戻すのに時間はかからなかったが、ここの水準をまた下げることはなかなか難しいなと思う。最近はもっぱら一日中コンタクトをつけっぱなしである。

わたしは耳も悪い。

20歳のときに左耳の聴力がガクンと下がって、突発性難聴と診断された。突発性、なんていわれてるくらいだから原因不明。現代はなんでも原因がわからなければストレスと結びつけられてしまうし、思い当たるストレスなんて当時から吐いて捨てるほどあったので、なしくずしに耳の不調との付き合いがスタートした。

この聴力の低下はわたしのメンタルをボコボコに殴ってきた。

目が悪くなったときは「眼鏡をかければいっか〜」くらいの感覚で、まだ幼かったというのもあると思うし、まわりにも目が悪くなって眼鏡をかけ始めている子も多かった。万人がなると視覚化されていたこと、自然現象なんだと、ゲームをたくさんやっていたと、いろいろな角度から受け入れることができた。

急に片耳が聞こえなくなることで、耳に入る音すべてが歪んで聞こえること。自分に向けられた声とまわりのすべての雑音がまじること。聞き分けられていた音階がすべて鼓膜を揺らした瞬間に痛みに変わること。耳の真横で常にジェット機が離着陸しているような耳鳴りがし続けること。

その他すべての症状はつらかったけど、なによりこの事象がわたしにしか起こっていないということ。病名がつけられて2週間点滴を打ち続けられたにもかかわらず症状は緩和しなかったこと。

悲劇性が自分の中で膨張し続けて、8年が経ったいま、ようやく受け入れることができた。案外みんなも適当な感覚で過ごしていること。聴力を数値化すると落ち込む数字だけど、生活をする分には右もいるし聞こえることしか聞こえないの精神でよかろう、とようやっとようやっと思えるようになった。

そんな目も耳も悪いわたしは、コンタクトを外すと水の中で生きているような感覚になる。視界はぼやけて近い音も遠くからかすかに聞こえる、そんな世界で身体から空気を出したり入れたりしていて、身体という入れ物は不思議で奇跡的だなと思う。

身体の外側のことは、感覚を媒体としてしか享受できない。その感覚は人それぞれに違くて、そんな人たちが同じ世界に存在をして同じものを見ているつもりで社会を形成している。目指す先をどこまですりあわせようとも、その標準を同一にすることなんてできない。それくらい適当でいいんだなと思う。輪投げみたいな感覚で、投げる方向はだいたいあのあたり。ニアピンが最適解。
わたしは水の中のような世界にいて、隣にいる人は雪の中にいるかもしれない。雪の中だとどう見えるんだろう、不便はないだろうか。そういう想像力がすこしだけついて、優しさに還元できたらいいなと思う。

日記じゃないね。2022年の意思表示なのかも。

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