救世主、炭酸
ビールが好きだった。
少し苦い味、白い泡、喉ごし、何もかもが好きで、私にとって最高の飲み物と思えた。
若い頃から、居酒屋などで「まずはビール」という人間に心の中で軽い憎しみの目を向けていた。「まず」という枕詞がビールに失礼、最初から最後までビールで何が悪いっ!という心意気だった。冷蔵庫の中にズラッと並ぶビールを見ると幸せになる。ビール在庫が少なくなると気持ちが落ち着かなくなる習性になった。ビールは私の人生の一部だった。
十年以上前、メキシコで痛風を発症した。
典型的な症状で、強い痛みのために歩行困難になった。対症療法の薬と松葉づえが渡され、少し時間をかけて回復した。その後、人間ドックで尿酸値が高いと指摘され尿酸降下薬を常用するようになる。薬の効果で数値は低位安定した。
数年が経ち、もう大丈夫なのではと人間ドック一ヶ月前から断薬してみると、てきめんに数値が上がる。断薬と禁酒を組み合わせても同様だ。一ヶ月程度では尿酸値は下がらないらしい。恒久的に禁酒するという選択肢の存在には気付かないふりをした。もう一生この薬を飲み続けるのかと、ぼんやりと考えた。
再発は怖い。十年以上、真面目に薬を飲んだ。必要な薬はメキシコでは処方箋無しで購入出来た。それが、2022年末頃から入手出来なくなる。どの薬局でも品切れ、入荷予定はない、理由は不明という。調べてみると、FDA(米国食品医薬品局)が副作用を指摘し、結果としてメキシコ国内でも販売が出来なくなったということのようだ。
他の薬の入手を考えるのが一番無難な方法だろう。だが、一生飲み続けるかもしれない薬だ。今は知られていない副作用が隠されているかもしれないと考えると怖い。いろいろと思案した末、出した結論(仮)は断ビールだった。
プリン体を多く含有するビールは尿酸値を上げると言われている。ビール愛好家としてプリン体も多量摂取する分、絶てば効果は絶大なはずだ。メキシコにはプリン体ゼロビールはない。断腸の思いで、自宅のビール在庫切れ後に補充を止めた。よほどの例外を除いては、外食時を含めてビールを飲まないようになる。翌年の一時帰国時に受けた人間ドック結果にドキドキだった。めでたく尿酸値が下がった。
なぜ断ビールが可能だったのか? 禁断症状を救ってくれたのが炭酸だ。
テキーラの炭酸割り、うまい! しかも喉ごしがビールのようだ。味のない炭酸に、庭から収穫したゴルフボール大のレモンを絞って飲む。うまい! かつ、喉ごしがビールに似ている。レモンなしの冷たい炭酸水も美味しい、もちろん喉ごしがビールに……。白ワインの炭酸割り……(以下略)。どんな酒でも炭酸と組み合わせるとうまくなる。水分補給量が増え、飲料中のアルコール濃度が下がる。健康に良いと思いたい。スパークリングワインに炭酸、などというバカなことはしない。そのままでおいしい。
この世に炭酸が存在しなければ、私の断ビールは成功しなかったかもしれない。今もあの地獄の痛風の苦しみを避けることが出来ているのは、ひとえに炭酸のおかげだ。
炭酸は、私を痛風から守る救世主だ。存在してくれて感謝している。
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