墨と点線

墨と点線です。よろしくお願いします。

墨と点線

墨と点線です。よろしくお願いします。

最近の記事

『墨と点線』

流れ星の尾は途切れがち。墨汁をぶち撒けたような黒の上、白く残る軌道は、さながら夜空に引かれた切り取り線。 その白い点線をなぞるように鋏を入れ、闇夜に裂け目ができたなら。そこから覗く色は、果たしてどんなものだろう。 輝きを讃えた白か。 混沌を極めた黒か。 はたまたまだ君が認知したことのない、三原色の配合か。 僕は知らない。わからない。 僕はただ、君を覆う闇夜を滑って、広がる黒に点線を入れ。 切るならここだ、とシルシをつける。 見逃してくれて構わない。 無視してくれて構

    • 『今朝の月は細く弓形』

      今朝の月は細く弓形、東の空に浮かんでいた。 日の出前、まだ薄暗い時分に家を出た息子の背を見送り、家の中に戻る。普段は布団の中にいるはずの夫が、囲炉裏の側で蝋燭を立て、草鞋を編んでいた。 「起きているなら、見送ってやってくださいな」 土間から上がり、語りかけるも、夫は仏頂面のまま手を動かし、こちらを見向きもしない。苛立っているのか、藁を目指す穴にうまく差し込めず、編み込みに何度も失敗している。ため息をつき、私は囲炉裏を挟んだ向こう側、膝を折って座る。 「桃には、あの子の好

      • 『短くて、さびしい。』

        花火の手、という表現を息子は使った。 線香花火が爆ぜ、その火花の先端が枝分かれする様を捉えて、「花火の手」。確かに言われてみればそう見えなくもなく、ぢりぢりと明滅するそれを眺めながら、子どもの発想とは柔軟なものだ、と私は唸った。 「優斗はすごいな。まるで詩人だ」 妻に向け、語りかける。しゃがみ込み、息子の目線で花火を見守って。その小さな身体がわずかでも危険に晒されようものなら、すぐさま身を挺して守ろう、という気概が感じられる。 「でしょう」目は優斗に固定したまま、妻が

        • 『九回裏』

          夏の雲に白球が溶け。僕ら、揃いの走馬灯。

        『墨と点線』

          『左半分さとがえり』

          風鈴と豚の形した蚊取り線香と縁側。それだけだった。 僕の視界の左半分には、蝉時雨が降り注ぐ夏の庭、それに臨む縁側が映っているものの、右側にはその縁側を縁側たらしめる家がない。というか何も無い。無というか混沌というか、なんとも形容し難い黒渦があるだけで、あえて言葉に変換するならば、『何も無い』が在る、といった様相。おかげで縁側は縁側になり切れずただのベンチに成り下がり、その上にある庇と風鈴、置かれた蚊取り線香が、安っぽいドラマのセットのように「とりあえず縁側ということにしよう

          『左半分さとがえり』

          『今宵Σと砂時計』

          夏は夜とか言わないで欲しいです。 世間様は、花火大会やら縁日やらひと夏の恋やらでお忙しいのでしょうが、今年の私はそうはいきません。高校三年生の私は受験生で、たまやと叫んだりわたがしを頬張ったりたまたま親戚の家に来ていた男の子と仲良くなったりはできず、汗ひとつかかない冷房の効いた部屋で、机に齧り付き、数学の問題を解くしかゆるされない身分です。 夏の大三角形よりサインコサイン。 ブルーハワイより帰納法。 「やば、間接キスしちゃった」より総和記号Σ。 このΣというのが厄介で、

          『今宵Σと砂時計』

          『鮮血散らず青い月曜』

          月曜日はかったるいのでキャンセルを試みる。私、ワープ。『時かけ』よろしくタイムリープできればよいのだけれど私には生身の身体がありまぁそれを言えば『時かけ』のあの子にも生身の身体はあるのだがとにかく生身の身体は物体であり物体は時間と不可分であるので私にタイムリープはできない。ならば如何にしてワープを遂げるかと言えばそれは精神的にという意味に他ならず、つまり私は私の中で月曜日を無かったことにする。 感情を殺す。 肝心なことは記憶を殺してはならないところであり、何故なら私は先述

          『鮮血散らず青い月曜』

          『花占いとサルベージ』

          金魚鉢を、妻が花瓶に使っていた。 でっぷりと丸い透明なガラスに、黄色のガーベラ、カスミソウ、レザーファンが生けられている。真横から見ると、半分近くまで入った水、その水面を境に茎が僅かに屈折し、波打った鉢の縁から、豪快に飛び出た葉の緑、散らばるカスミソウの白を添えて、凛とした佇まいで真ん中に位置するガーベラの花弁が、均整のとれた配置で並んでいる。 腹立たしいが、見事だ。見事だからこそ、腹立たしい。 妻は今、いない。友達と映画へ行ったそうだ。ではこの花は、いつ生けられたもの

          『花占いとサルベージ』

          『いつかのシンドローム』

          風車は回らない。僕が魔力で止めているから。 そういう修行だ。風が吹くのと逆方向から、吹く風と同等の魔力、正確には魔力から生じる波動を浴びせる。方向を間違ってもいけないし、力加減を誤ってもいけない。適切に魔力を調節することにより、風で回らんとする風車をさも真空にあるかのように止めてみせる。そういう修行。 『風已み』。僕ら魔導士がその道を志すに当たり、まず修得が求められる初歩的な技能である。 「みたいなことを、あの時分は四六時中考えていました」 言うと、綾月先生はグラス片

          『いつかのシンドローム』