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【ぼちぼち往復書簡】わたし的もやもや解消法 From すみこ

北海道の我が家の周りの八重桜がやっと咲き始めました。東京と北海道、嘘みたいに時間差あるね。

ようこちゃん、びっくりな昔のデパートのエピソードを書いてくれてありがとう。全然覚えていないのだけど、思わず「偉いな、すみこ」と自分で呟いてしまったよ。もはや自分でもどうしてそんな行動に出られたのか分からないけれど、そういう場面でひとこと言うのは勇気のいることだよね。
今回のファミレスでのようこちゃんのモヤモヤはすごく分かるよ。

多分ね、もやもやの原因って無力感じゃないかと思うの。自分には何もできない・できなかったという。そういう意味では「189(いちはやく)」を探したというアクションは、少しようこちゃんの気持ちを軽くしてくれたのではないだろうか?

実はブエノスアイレスでは、子供のギャン泣き場面も見かけることが多かったのね。あちらは溺愛加減も、怒り方もどちらも激情的なのでね。それでね、そんな時にどうしていたか、ということを話そうと思う。

わたしもその場では、止めに入ることもひとこと言うこともできなかったよ。でもセラピストとして、愛や祈りが時空次元を超えることを知っているので、その親子に向けてヒーリングエネルギーを送るということをするんだよね。これね、特別にヒーラーじゃなくても同様のことはできると思うの。心の中でその子のことをハグしてあげるってどうかな。ついでに怒ってるママもハグしちゃう。だってどちらもキツイ状況だもんね。

そして、そういう場面って見ているこちらも少なからずショックを受けて、傷ついてしまうよね。それに関しては、魂の仕組みを知った事がわたしには大きく役立ったと思うの。
それは池川明先生の胎内記憶に関する本で学んだ事柄に由来するのですが、全ての魂は人生の学びのシナリオを自分で描いて、親や環境を自分で選んで産まれてくるのだそうです。その考えに沿うと、ギャン泣きの子も、鬼の形相のママも、その関係性から互いに何かを学ぼうと必死な最中かもしれないと思えたりするのよ。
そこにいる子供は、『可哀想な無力な子』ではなくて、『自らを磨くために、または母に学びを伝えるために困難な環境を選んで降りてきた勇気ある魂』ということになるわけ。そのように受け取り方が変わると、傍観するわたしも『かわいそう』という感情よりも、その魂の選択に畏敬の念が湧いてきて『偉いなー』って感じるのよね。

ただ、大人になっても幼少時の親子関係の傷を引きずって苦しい思いをしているケースもセッションで扱ったりしているので、目の前のギャン泣き場面がその子の人生に大きな影を落としませんように。実り多き学びに繋がります様に。という祈りも同時に胸に抱くわね。

結局、具体的な解決を図る手伝いは出来なくても、祈りを届けるという、わたしなりに出来るアクションをその時、その場ですることで、わたし自身はもやもやを持ち越さないように出来ていたのだと思う。
ようこちゃんは、今後は通報して専門家に助けを請うという手段を手に入れたんだね。よかったらエアハグも試してみてね。

もしかして、もやもやをまだ所持中かな?それってね、彼らの念を自分のオーラ層にお招きして居候させているようなものなの。ようこちゃんの心の平和のために良くないので、「彼らの魂のミッションに幸あれ〜!」位の感じで手放すのがおすすめよ。

すみこ

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