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書くこと。

世の中には「書く人」と「書かない人」が居るのだなぁと娘の遺品を整理しながら改めて思ったり。

私は紙のノートや日記帳、スマホのメモにと思ったこと、考えたことをやたら書きつけるので、最悪自分で人生終わろうとして身辺整理をしたとしても、必ずどっかからは思ったことを書いたものがへろっと出てくると思うのだけれど、故人はそういう癖がなかったようで……。

いや、あったとしても整理しきれる量だったんだろうけれど。日記まで行かなくても、「○○ムカついた!」みたいなメモとかそういうのがまるでなかったんですよな。
病気になってからは人間関係リセット癖がついてしまっていて、ちょっとトラブルになるとアカウント削除してそれまでの関係を整理してしまうことを繰り返し、最後には誰とも交流せずフォロワーゼロの鍵垢でひっそり好きなゲームの絵師さんにいいねを送るだけのアカウントになっていたし。
残っていたノートやメモ帳の類にも何も書いていなかったし。
もしかしたらそういうのがあって処分したのかもしれませんが、普段の様子からすると、日記とかに心情を吐露するタイプじゃなかったんだろうなぁと思います。

今となっては……なのですが、何を思っていたのかもっと知りたかったです。
というか、聞こうとはしていたけれど、あんまり話してくれなくて……もっと話してもらえるように寄り添えたら良かった。
せめてもうちょっとマシな遺書くらい残してほしかったなぁ……。

そう思って。SNSでは書けないプライベートな事も含めて娘のことを書きつける用に新たに紙のノート用意しました。
このノートで思う存分娘に宛てて思いを書いたら少しは何か変わるんでしょうかね……。
次に活かせない反省を永遠に続ける、これも罰なのかもしれません。

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