心の岸辺に咲いた、スミレ色の花
パソコンを整理していたら、20年くらい前に書いた作文が出てきた。恥ずかしいけど、少し手直しして投稿することにしました。
◇ ◇ ◇
僕にも、皆にも、花が咲く心の岸辺があります。僕の心の岸辺にも、これまでいくつか花が咲きました。でも、水をあげすぎたり、あげるのを忘れたりで、いつも枯らしてばかり。また、折角咲いた花を摘んでしまうことも・・・。
風の少し強い日に、綿毛の傘に乗った花の種が、ふわふわと風に乗って、荒れ果てた僕の心の岸辺に舞い降りた。
しばらくすると、その種は芽を出して、そしてスミレ色の花を咲かせた。
そのスミレ色の花はとっても綺麗で、見ているだけで心が和んだ。何時間でも、ずっと見ていることが出来た。
「大事に育てるからね」僕は、岸辺に咲いたスミレ色の花にそっと囁いた。
スミレ色の花は、微風に吹かれながら、ゆらゆらとゆれて、なんだか嬉しそうに見えた。
それからは、二人の時間がゆっくりと流れた。正確には一人と一輪だけどね。
スミレ色の花は、何時も僕が来るのを待っていてくれた。僕も学校から帰ると、スミレ色の花の所に行った。
僕はたわいない話をして、そしてスミレ色の花は僕の話を黙って、風にゆらゆら揺れながら聞きていた。それが僕の心が安らぐ時間でもあった。
僕はそんな日が何時までも、何時までも続けばいいと思っていた。
続くと思っていた。
幾日が経ったある日、スミレ色の花に元気が無いことに気づいた。
「スミレ色の花さん、最近、元気がないけど、どうかした?」
僕はちょっと不安になり花を覗き込むと、花の奥に綿毛の傘が出来ているのが見えた。
「えっ! どうして・・・」
僕は、心の岸辺に咲くスミレ色の花をじっと見つめた。
心の岸辺に咲く花には、荒れ果てた心が回復した時、綿毛の傘に乗って、新しい他の岸辺へと飛んでいくのです。
「僕はもう大丈夫ってことなの?」
「そんなの、いやだよ!」
そんな僕の叫びに、スミレ色の花は、ただ、ゆらゆらとゆれているだけだったが、どこか寂しそうにも見えた。
「何時までも一緒にいられると思っていたのに・・・」
僕がちょっと愚痴ると、スミレ色の花はもう一度ゆらゆらとゆれた。
「スミレ色の花さんは、いつ風に乗って飛んでいくの?」僕が聞くと、スミレ色の花はパラっと花びらを一枚落とした。
僕はスミレ色の花が、花びらを落とした意味がすぐに分かった。きっと花びらが全部落ちた時が、お別れの日だと。
僕は別れの日が来ることが分かっていても、いつものようにスミレ色の花とお喋りをした。
日が経つにつれて、花びらが一枚、また一枚と落ちていく中、小さな思い出をいくつか作った。本当に小さな思い出だけど、僕にとって大切な思い出だ。
幾日か過ぎ、スミレ色の花の花びらが一枚だけとなり、花が咲いていた場所に、空色の綺麗な綿毛の傘が出来た。そしてその傘にぶら下がるように、小さな種が付いている。
「もう、花びらは一枚だけになったね」僕はスミレ色の花に話しかけた。
スミレ色の花はいつものように、黙って僕の話を風にゆれながら聞いていた。
「今日は一日中、君のところに居るよ!」僕はそう言って、風が吹いても最後の花びらが落ちないように、風上の方に腰をおろした。
そして、花が僕の心の岸辺に咲いた日の時から、今日までの楽しかった日々のことを取留めもなく話した。そして、徐々に夜は更けていった。
夜空がうっすらと明るくなったころ、僕はさよならの時間が来たことを感じた。
「これまで本当にありがとう。僕の心の岸辺に君が咲いたおかげで、最近はとっても楽しかったよ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「新しい心の岸辺に行っても、元気に咲いてね」
その言葉を言い終えた直後、最後の花びらが地面に落ちた。
それを待っていたかのように、風がどこからともなく吹いて、スミレ色の花を大きく二、三度揺らした。そして、今度はやさしい風が吹き、スミレ色の花をやさしく包み込むと、綿毛の傘を乗せて、“ふわっ”と空に舞い上がった。
「もう、行くのね?」
綿毛の傘は、僕の言葉に答えるかのように、僕の頭上でくるくる回った後、夜明けの空へと舞い上がっていった。
「元気でね」
「バイバイ」
「・・・・」
「バイバーイ」
僕は、高く舞い上がっていく綿毛の傘に手を振った。綿毛の傘はどんどん高く、そして遠くに飛んでいった。そして、やがて夜明けの空に消えていった。
僕は、しばらく綿毛の傘が消えていった空をずっと見つめていた。
そして僕の心の岸辺には、花びらの散った茎だけが風に吹かれ、二人の思い出の証かのように残っていた。「思い出だけはどこにも行かないよ」って、そう言っているかのように。
おわり
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