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2-1 シャルル・マーニュの指環

\晩年、カール大帝は、呪われた指環のせいで、若い女に狂い、信仰にのめり込む。大僧正テュルパンは、この指環をアーヘンの街外れの底なし沼に捨てた。しかし、大帝は、その沼へ入っていってしまう。\

 西暦800年頃、フランスからドイツ、イタリアにまで広がるヨーロッパの大帝国を築き上げた皇帝シャルル・マーニュ(カール大帝)。その偉業は、どこの教科書にも出ている。だが、その彼の晩年については、どこの教科書にも載らない有名な伝説がある。

 突然、彼は恋をしたのだ。相手は、はるかに年の離れた、うら若き女性らしい。年甲斐もない、いや、なかなかなもの、と、アーヘンの街中の話題になる。だが、いったいその相手はだれなのか。夜な夜な皇帝の寝室にやってきているようだが、そのうち皇帝はげっそりと痩せ細り、目も虚ろになっていく。大僧正テュルパンは、ただならぬ気配を察し、意を決して、深夜、皇帝の寝室へ。そこは異様な臭気が立ちこめていた。ベッドの中には腐った女の死体。皇帝はそれに抱きつき、キスをしながら、恍惚の表情を浮かべている。驚いた大僧正は、力づくで皇帝を引きはがす。黄ばんだ歯だけが並ぶ女の骸骨が高笑い。その口の中で、なにかが光る。黄金の指環だ。

 大僧正テュルパンは、その口に手を突っ込んで指環を抜き取ると、アーヘンの大聖堂に持ち帰り、十字架像の中の宝壺に入れ、王にかけられた呪いを解かんと必死に願った。おかげでようやく皇帝も我に返り、こんどは一転して熱心に教会通い。朝、昼、晩とやってきては、十字架像の前で額づき、祈りを捧げる。信心深いのはけっこうなこと、と人々は評したが、これまた皇帝の様子がおかしい。仕事もせず、食事も取らず、時間になると、ただ教会へ行かねば、と、目の色を変えて飛んでいく。大聖堂の物陰から大僧正が覗き見てみれば、皇帝は、なんと、祭壇によじ登り、指環を隠した十字架像に抱きついて頬ずりをし、法悦の涙を流している。なんともいやらしい。大僧正は、飛び出ていって皇帝の両の頬を叩き、やっとのことで目を覚まさせた。

 あまりに恐ろしい呪いの指環。こんなものを地上においておくのは、世の災いでしかない、と、大僧正は、街外れの底なし沼へ行き、そのもっとも深いところへ投げ捨てた。すると、たちまち沼は地獄のごとくに湯気を吹き上げ、ゴボゴボと熱泉を沸き出した。なんということか、と、おののく大僧正を尻目に、どこからともなく、かの皇帝シャルル・マーニュがふらっと現れ、我を忘れて、そのまま泥の沼の中へ入っていってしまう。ああ、至福、ああ、温かい、こここそがパライソ(極楽)か。かくして、このアーヘンの沼は、その後、温泉として整えられ、皇帝はいつまでも長生きし、いまもシャルルマーニュの湯(カロルス・テルメ)として人々を癒やし続けている。

 こういうくだらない、バカげた寓話を引いて、説教を垂れるのも野暮というものだろう。とはいえ、人の晩年は難しい。いまさら新しいことを始められるわけではない。かといって、来世のことを先取りしようにも、いまだこの世に足は残っている。今日のいま、ここにいることにどっぷりと浸かり、我も無く、人も無く、言葉を交わし、経験や知識を分け与え、いいころあいになったら、さっと風呂から上がるように、きれいにあの世へ旅立ちたい。

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