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旅を終えて。(1)


海の日と週末を利用して関西旅行をした。
この旅の目的は三つで、それをすべて叶えるとすると大変なものだったが、どれも欠かせない大事なものであった。

1、記念旅行として特別なものにする。
2、関西にお住まいのお世話になっている人たちにお会いする。
3、友禅工房の見学と染め体験をする。

相方が定年退職の記念品として旅行券をいただき、そういった場合、海外に行くケースが多いだろうが、二人とも長期休暇は取れなく、ならば国内旅行はどうだろうか、という話になり、パラパラとパンフレットをめくった。
私は国内ならば京都がいいと言った。
友禅が見たかったからだ。
友禅工房訪問には相方はすぐさまOKを出してくれて、「そうだね、京都に行こう!」と盛り上がり、そして、どこに泊まるかということになった時、しばらく悩んだ。
私がリッツカールトンに目を止めていると、相方は贅沢すぎるだろうと言った。リッツだけ値段設定が別レベルで、他のホテルならば旅行券だけで足りる。引っ越しを控えていて出費は控えるべき時期であった。

「いいえ。37年勤続の慰労の旅なのですから、ここは思い切って泊まってみましょうよ」

……記念ならば、ずっと心に残る旅にしたい――。

それが私の切なる願いだった。

「そうか。わかった」

旅行券を握りしめて旅行代理店に出向き、パンフレットのこれでと言うと、担当者はかなり焦り気味に7月の京都は祇園祭で……と言いながら調べてくれた。
ホテルオークラは元から海の日の前々日から当日までは予約を受け付けないという設定になっており、リッツも残部屋数は少なくなっているとのことだった。

「はい。押さえました。これで大丈夫です。リッツカールトンはいいですよ。特に朝食がいいんです。きっと良い旅になりますよ」

――ザ・リッツカールトン京都。

素晴らしいホテルである。

どう説明すればその素晴らしさが伝わるのか、いや伝えきれないが、それでも何か伝えるとしたら、それはやはりホスピタリティというものの徹底的な追求、リッツスピリッツをそこかしこに感じるということだろう。
ホテルの外観、庭、エントランス、ロビー、エレベータホール、ラウンジ、レストラン、バー、展示されている美術品、部屋の内装、家具備品、寝具、アメニティ、それらのすべてにスピリッツが宿っている。

そして、人。
ホテルマンたちひとりひとりに宿るリッツスピリッツ。
夜9時過ぎにタクシーで到着すると、ドアマンがドアに手をかけながら、「ーー様ですね。お待ちしておりました」と言われた。

……どうして名前がわかったのだろう……。

その後のベルマンやフロントの人の対応も見事で、お部屋係の人は旅館の仲居さんのように美しい着物を着ていて、容姿も所作も美しく、部屋の中ではお茶までいれてくださり、

……は。心づけの用意を忘れた……。

と思ったが後の祭りで、部屋の設備の説明を聞き、朝食の場所はここであそこでと京ことばの優しい口調でなんとも癒されるのだった。

レストランでは、ウエイターの方が爽やかな笑顔で気さくに声をかけてくださり、こちらのリアクションを嬉しがったり、フレンドリーこの上なく、一流のレストランでの食事というよりも、知り合いの家にいるような、そんな雰囲気を醸しだし、その演出に感動した。

これぞ、おもてなし……。

住まうように泊まる。
その居心地の良さはどういうことなのだろうと調べたところ昨年の新聞記事を見つけた。

3年目の「ザ・リッツ・カールトン京都」 総支配人が魅力を語るhttp://www.asahi.com/and_travel/articles/SDI2016100490611.html

――あらためて「ザ・リッツ・カールトン京都」の魅力とは?
 一つ挙げられるのが、ゲストの到着時の体験です。お客様がホテルに到着すると、そこには静寂と水のせせらぎがあります。着物の従業員の案内でロビーを抜けると、シンプルな盆栽が目に入ってきます。ホテルでも旅館でもない、どこか別の場所にいるような感覚を体験していただけると思います。
 インテリアや設備などのハードウェアは、もちろん美しく優れたものを用意しています。さらに、初めてのお客様に感じていただきたいのは、私たちのホテルの従業員が作り出している雰囲気です。私たちのモットーは「(紳士・淑女をおもてなしする)従業員も紳士・淑女」であり、従業員はゲストをお迎えするその瞬間から、特別な体験をしていただくための行動やコミュニケーションに注力しています。
――人材教育では、どのような点で努力していますか。
 リッツ・カールトンには、大切なフィロソフィー(哲学)があります。全ての従業員はサービスのステップや価値、クレド(信条)を記した「クレド・カード」を携帯しています。そこにある言葉を日々の業務にどう生かしていくのかについて、各部門で毎日繰り返し話し合って確認しています。

……これだ……。

それにしても、

「ねえねえ。どうして、タクシーが着いた時、こちらの名前がわかったのかしら」

「どうしてだろうね。その日最後のチェックイン客だったのかもね」

相方はそう答え、ああ、そうかあ、でも、バーやレストランにタクシーで駆けつけた客かもしれないのだ。その場合、失礼にあたるだろうと思った。

「いや、大きな荷物を持っていたし、状況的にそれ以外はなかったんだろうね」

「そう……なんですかね……」

経験か……。

それは、まさに、到着を待ちわびていた……、というお出迎えであった。
すべてに脱帽しつつ、京都の夜は更けていったのだが、関西旅行の始まりは京都からではなかった。

東京ー京都ー大阪ー明石ー京都、という旅程だったのだ。

そして、ドアマンのお出迎えは、デジャブだった。


旅を終えて(2)に続く。

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