雪しぶき。(#ドリーム怪談)

「雪を、轢いたんです」
おもむろにKさんはそう切り出しました。
おもわず「雪……というのは人の名前ですか?」とたずねると、違う、そうじゃなくてあの空から振ってくる雪ですとこちらをじっと見つめてきました。
そんなもの轢いたところで……というか道に積もってれば誰だって雪の上を通るでしょう?
何をそんなに気にしてるのか聞いてみたんですが、Kさんの話も要領を得なかったんです。どうも雪は雪なんだけど雪じゃない、雪じゃなかったと繰り返すばかりでした。
Kさんも最初は動物だと思ったそうです。
動物なら、言っちゃなんですがそんなにはっきり轢いたのであれば、血が広がるでしょう?
でもそんな痕跡はなかったそうです。
ただ、ちぎれた手足は有ったんだと。
Kさんは言うんです。
雪の、手足、ですよ。
そんなもの、雪がその辺りに散らばってるのと何も変わらない状況ですよ。
木の枝や野菜でも使ってたんですか、それじゃぁ雪だるまじゃないですか、と思わず吹き出してしまいました。
そしたらKさん真面目な顔で、そうかあれは達磨かも知れない、とか言い出しましてね。
さすがに笑わせようとして言っているような雰囲気ではなくてですね。
思いつめた顔をしていました。
「……でも、雪を轢いただけで、何か被害があった訳でもないんですよね」とこちらも真面目に聞いてみたら、雪が取れない、というんです。
車にですね、こう、それこそ血しぶきの様に雪がくっついてしまって。
洗っても洗っても一向に取れないんだと言うんです。
それから。
雪がついてくるんだ、と。
手足がなくなった雪が、気が付くと自分の近くにいるんだと。
今もほらそこに、なんて私の後ろを指さすものだから、つい慌てて振り向いてしまいましたよ。
なかったですよ、雪なんて。
雪じゃないんですよ。
白くて。綿の様だけど。
よくわからない。
軽く悲鳴をあげてましたね。気が付いたら。
喫茶店の中だったんですが、店のマスターに落ち着いてください、と何度も言われてたようで。
Kさんは沈痛な面持ちで私とその白い何かを見ていました。
その日はそのままKさんと別れました。
嫌ですよ、本当に気持ち悪かったので。
その時もKさんの近くにあれはいました。

それから一週間もした頃でしょうか。
Kさんから電話がかかってきました。
相変わらず雪がついてくる、とうとう家の中にまで来るようになった、と言うんです。
私は、もう関わりたくなかったので「雪ならお湯かけちゃえば融けますよ」って適当な事言ったんです。
「そうか、そうですよね」とKさんは言ったきり、どうやらお湯を沸かし始めた様でした。
通話は続いたままです。
本当は切ってしまいたかったんですが、電話越しという事もあり、喫茶店にいた時ほど恐怖を感じていなかったんです。
しばらくすると「お湯が沸きました」というKさんからの呼びかけが聞こえました。
程なくして、液体をぶちまける音と、何とも形容のしがたい悲鳴の様な音がしてゾッとしました。
「……大丈夫ですか? どうなりました?」とたずねると、「……った……融けた……」と返事がありました。
Kさんではない声でした。
怖くなって電話を切りました。

翌日、Kさんと会うことが出来ました。
やけにすっきりした顔をしていました。
ためらいながら、雪はどうなりましたか、と聞いてみたら。

「見においでよ、壁に張り付いているから、雪しぶき」

と笑っていました。
勿論、家には行ってません。
行くつもりもありません。


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