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消えたうさぎパイ|ピーターラビットのおはなしをAI翻訳してみた 1

ビアトリクス・ポター原作の The Tale of Peter Rabbit は、以前から翻訳の授業の教材にしていた。さし絵も可愛いし構文も単純で日本の大学生たちにも取り組みやすい。課題をやる時の参考資料もネット検索でたくさん出てくる。

日本語版『ピーターラビットのおはなし』は、石井桃子の翻訳で福音館書店から出版されている。

「英語の原文をすべて読み、○ページを翻訳してみましょう」という課題を出すと、石井桃子訳をそのままコピペしてくる学生はまだかわいい方だ。 Google 翻訳をそのまま貼り付けて提出する学生ももちろんいる。

「ピーターラビット、子どもの頃から大好きでした!」という学生もいるが、おはなしを読んだことが無い人が年々増えてきたなあと思っていたら、2018年に実写版の映画が制作された。脚本家はアメリカ人なので「空飛ぶピーターラビット」と呼びたいくらいのアクション満載だし、人間男女のラブストーリーも絡めて、お決まりのハッピーエンドだが。


1902年にイギリスで出版されたオリジナルの The Tale of Peter Rabbit をさまざまなプロフェッショナルにも人気の高い AI翻訳 DeepL で訳してみたら、どうなるか。

私はやってみた結果を言語ビッグバン講座のフォーラムへ投稿した。「AI翻訳を使って読んだ本の感想を話し合おう」という課題に応じるために。

これは、英語の原文テキスト全文を一気に DeepL に貼り付けて表示された翻訳です。

昔、あるところに4匹の小さなウサギがいました。
 フロッピー
  モプシー
   コットン・テール
    そしてピーターです。
彼らはお母さんと一緒に、大きなモミの木の根元にある砂場に住んでいました

Flopsy を Floppy と読み間違えているのはご愛敬としても「砂場に住んでいました」はないだろう。原文の英語は、

They lived with their Mother in a sand-bank,

である。この sand は、絵本のさし絵にあるとおり黄色っぽいかわいた土のこまかい粒子のこと。日本の海辺や公園の「すなば」にある灰色の湿った砂も英訳すれば sand だが、その sand とは違う種類の sand なのだ。

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だから、

They lived with their Mother in a sand-bank,
underneath the root of a very big fir-tree.

を、日本のこどもたちに読んでもらうには、次のように翻訳してあげたい。

こどもたちは うさぎのおかあさんと かわいた きれいな つちの 
ほらあなの おうちに すんでいました。 
おおきな もみの きのした でした。

日本語訳©すみ

対象は5歳前後の絵本だから、最初は読み聞かせてあげて、おはなしが気に入ったら自分ひとりでも読めるよう、表記はすべてひらがなにしておく。

その次の部分の原文と DeepL 翻訳は次の通り。

'Now my dears,' said old Mrs. Rabbit one morning, 'you may go into the fields or down the lane, but don't go into Mr. McGregor's garden.'
ある朝、老いたウサギ夫人が言いました。「さあ、あなたたちは野原や小道へ行ってもいいけれど、マグレガーさんのには入ってはいけないわよ」

当時の英語で old Mrs. Rabbit の old という形容詞は、歳を取っているという意味ではなく、〈おなじみの〉ということ。

みんなが知っている、みんながしたっている、たまたま道で会ったらほっこりするような、にこにこ顔のお人好ひとよしのおばさん、といった〈おなじみ〉 old Mrs. Rabbit なのだ。

だから、DeepL の「老いたウサギ夫人」は誤訳であり、このままでは日本の5歳児に通じない。

私はこう訳したい →

'Now my dears,' said old Mrs. Rabbit one morning, 'you may go into the fields or down the lane, but don't go into Mr. McGregor's garden.'

あるあさ おかあさんが いいました。
「あそびにいっていいよ。
 のはらや みちばたで あそんでも いいけど
 まぐれがーさんの はたけは だめ」

日本語訳©すみ
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原文の garden は vegetable garden (=畑)の省略であることは、少し先まで読めばわかる。翻訳の授業では、原文の英語をすべて読んでから日本語訳にとりくむよう学生たちに注意しているが、すべて読んでからでも、この garden を学生たちは例外なく「」と訳してしまう。

DeepL 訳も「庭」だった。誤訳とは言い切れないが、「はたけ」の方が良いと思う。


原文のつづきを読む。

Your Father had an accident there; he was put in a pie by Mrs. McGregor.

直訳すれば、「あなたの父はそこで事故に遭った。彼はマグレガー夫人によってパイの中に入れられた」だ。

しかし!

DeepL は、この一行の翻訳を削除した。英語原文の全文を一気に貼り付けた時に右側のウィンドウに表示された日本語訳に、このセンテンスの翻訳が無かったのである。

なぜだろう?

うさぎパイを食べる文化が日本には無いことを、DeepL は知っているのだろうか? 石井桃子訳の『ピーターラビットのおはなし』(福音館書店)にはこの部分の翻訳も載っている。

おまえたちの おとうさんは、あそこで じこにあって、マグレガーさんのおくさんに にくのパイにされてしまったんです。

©Momoko Ishii

だが、「可愛いウサギちゃんを食べるなんて残酷だから」という理由で日本では大人がこの部分を読み飛ばしたり、実際にカットしたものがあったりするのを DeepL が知っている

私にはわからない。ただ、作品全文を一気に DeepL にかけた時には削除されたこの1文だけを DeepL に入力してみたら、次のようになった。

Your Father had an accident there; he was put in a pie by Mrs. McGregor.
あなたの父はそこで事故に遭いました。マクグレガー夫人にパイに入れられてしまったのです。

私の訳は →

Your Father had an accident there; he was put in a pie by Mrs. McGregor.
あそこはね おとうさんが うっかり つかまって まぐれがーばあさんの きっちんで うさぎぱいに なっちゃった ところだから

日本語訳©すみ


合掌。ピーターのおとうさん。 



★私の翻訳は、私「すみ」の著作物です。無断転載を禁止します。
★引用する時は出典を明記してください。

*さし絵は The Tale of Peter Rabbit より

*記事中に引用した DeepL の翻訳は 2021年8月当時のものです。DeepL は日々進化中のため、現在は引用とは異なる訳が表示される場合もあります。

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