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お金の話

お小遣い制度のなかった我が家。
欲しいものは父に頼むしか方法がない。

ワクワクしながら回すガチャガチャ
どちらがオマケか分からないオモチャ入りラムネ菓子
色とりどりの香り付きボールペン
キラキラしたビーズのアクセサリー
当時収集が流行ったラメやブロックのシール
月刊の少女漫画雑誌
キャラクター物の小さなメモ帳やレターセット

私の心をときめかせる物は決まって父に煙たがられた。
「お父さんがお前の年の頃には漫画なんて卒業していた」
「文具なら家にあるじゃないか」
「そんな物を買っても何にもならない、ゴミになるだけ」
「馬鹿になりたくなかったら新聞を読みなさい」
却下されると共に、必ずいつも小言を返される。

子供向けテレビ番組を見ることも許さない父。
子供が子供らしくあることが我が家では許されなかった。

満たされない気持ちと不満は反抗として現れる。

私はある時、父に噓をついた。
「違うの、学校で使うの」「買ってくるように言われたの」
騙そうと思ったわけじゃない。
いつものように父が駄目だと言った時瞬発的に口から出たのだ。

舐めやがって、とひっぱたかれた。周りも気にせず大声で怒鳴られた。
父は私が嘘をついたからではなく、馬鹿にされたと憤怒していた。
腕を強く引っ張られ床に引き倒された私に、父は長い時間怒鳴っていた。
私は怖くてずっと泣いていた。

そのうち私は、父の財布からお金を盗むようになった。
バレたら殺される、と心臓を跳ねさせながら何度も繰り返した。

最初こそ小銭で満足した。
100円玉さえあればガチャガチャも出来たし、駄菓子屋さんに行けば100円は大金だった。
60円で買った小袋のポテトチップス、初めて食べたあの時の感動は忘れられない。
当たり付きのきなこ棒、5円チョコ、糸ひき飴。幸せの味がした。

運良く500円玉でも持ち出せたなら当時欲しかった物は殆ど手に入った。
財布をまさぐるのも慣れっこになっていた。
罪悪感など毛頭なかった。ただただ、手に入る楽しさだけだった。

段々と一度にくすねる金額が大きくなる。
自宅に持ち帰らず形の残らない物に限って散財していたハズが、この頃の私の部屋には父の知らないゲーム機や漫画、オモチャや文房具など隠しきれない程あった。娘に関心がない父はそれでも気付いていなかった。

バレない事に安心しすぎて感覚がイカレてしまっていた私は、何度も小さく漁るのが面倒だと感じついに万札に手を出した。


父が向こうの部屋から大声で私を呼んでいる。
流石に財布の異変に気付いたらしい。

掴みかかってぶん殴られる。痛い。
プラスチック製の収納ケースが割れるまで叩き付けられる。口が切れてぶくぶくと血の味がした。破片で切った頭からも出血していたけど、そんなこと父には関係無かった。
耳が痛くなる程大きな声で怒鳴っていたんだけど、何を言われていたのかは記憶にない。
ごめんなさい、と繰り返すしか出来ないのでひたすら泣いて謝っていた気がする。

周辺住民の通報でお巡りさんがきた。
窓が開いていた事で父の大声、激しい物音と子供の泣き声が外に響いたらしい。
その後のこともあまり憶えていない。

ただ、その日の夕飯はなくて、父も出掛けて無音になった部屋にひとり過ごしたことだけは記憶している。

時が経ち、高校生になった。
アルバイトをはじめた事で、私に収入が生まれた。
欲しいものをある程度自由に買う事が出来るようになり、食べたい物を食べるためにお金を使えるようになった。
自然に手癖の悪さもなくなっていた。

幼い頃の反動か、いまだにキャラクター物を愛したり、文房具やシール、子供っぽさを感じるデザインのアクセサリーなど当時満たされなかった自分を補うように買ってしまう傾向がある。

私の中には当時のままの背丈で背中を向けた自分がいて、与えて貰えなかった愛情をいま少しずつ拾っていくような感覚がある。

あなたは愛されるべきひとりの女の子ですよ、と

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